運命を塗り替える

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「俺、転生者なんだ」 「…………へ?」  思わず素っ頓狂な声をあげる。  今この男、なんて言った? (転生者……? それって……)  少女は聞き覚えのある単語に、少女ははっと目を開いた。  ニーナとカレンが言っていたあの言葉だ。  転生。肉体に別の人格の魂が入る現象。  ということは、ニコルもニーナたちと同じ――……。  衝撃から抜け出せないでいると、ニコルが焦ったように口を開いた。 「あ、意味わかんねぇよな。転生者っていうのは、元々ある肉体から魂が抜けて、別の肉体に宿った人のことで……」 「いやいやいや、そうじゃなくて!」  混乱する少女を他所に、ニコルは遮るように目の前に手をかざした。 「意味わかんねぇかもしれねぇが聞いてくれ。この世界は元々乙女ゲームっていう世界で。あ、乙女ゲームっていうのは、疑似人格キャラクターと恋愛して攻略するゲームのことな。妹がよくやっててさ。それで俺はその攻略対象の『ニコル』に転生したんだ。ちなみにそのヒロインはニーナな」 「……」 「信じて、くれねぇよな。わけもわからないとも思う。……でも本当なんだ」  不安げに少女を見るニコルだが、少女はニコルを気遣う余裕などなかった。  乙女ゲーム、攻略対象、ヒロイン。    ニコルから出てくる言葉はすべてニーナたちが話していた内容そのものだ。少女のように盗み聞きしたということでない限りは、本当にニコルもニーナたちと同じように転生してきたのだ。つまり、ここが『乙女ゲーム』の世界だと知っていたのだ。  ではニコルは今まで自分が『攻略対象』だと認識しながら過ごしていたということだ。  それはまるで――…… 「不安なんだよ」  ニコルは消え入りそうな声を出しながら、両肘をついて組んだ手を額に当てる。今まで見ていた色男のニコルの影もなくなって、そこには一人の思い悩む男性だけがいた。 「ニコルになったって言っても俺は俺だ。申し訳ないが俺は『ニコル』じゃない。けど、ここはゲームの中だ。俺がいつその物語に沿ってニーナを好きになるかわからねぇ。でもそれは俺の感情じゃない。ゲームなんかに、俺の人生が、気持ちが左右されるなんか冗談じゃねぇ」 「……」  そうだ。『攻略対象』だと知っていてその話のラストも知っていたのなら、ゲームの物語通りに、運命通りになってしまっていると気づくことができるということだ。そのことに気づくというのは、自分が自分でなくなるような感覚のはずだ。どんな行動をしても運命の通りになってしまうのだと。  けれど――…… 「……だから私に告白してきたってわけ?」 「え?」  ニコルは少女の言葉に顔をあげる。そんなニコルを少女は睨みつけた。 「もし私と付き合ってたら、あなたの言うゲームの物語から逸れるし、ニーナ様と接触する時間も減って、その物語から抜け出せるかもしれないものね。……冗談じゃないわ。馬鹿にしないで」  腹が立って声が震える。  こんなのからかわれて告白されるより、もっとひどい。  自分が物語から抜け出すために、少女を利用しようとしたのだ。だから、好きだとか言ってきたのだ。  物語にそりたくはない。そんなのは自分じゃない、その気持ちはよくわかる。こちらの都合も考えず、ヒロインや攻略対象たちの都合のいいような世界、こっちからしたらたまったもんじゃない。この世界は彼ら中心で動いているわけではない。そこで生きている人だっているのだ。  けれど、ニコルも自分の為だけに少女を利用しようとしている。好きだなんて甘い言葉で誘惑までして。  この世界にも、ニコルにも、誰にも、少女は都合のいいように利用されるなんて御免だ。  ニコルがそこまで最低な人間だとは思わなかった。
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