運命を塗り替える

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 机に置いた拳が怒りで震える。軽蔑の眼差しでニコルを見ていると、ニコルは悲し気な表情をしてゆっくり首を振った。 「……言っただろう。ゲームの物語に振り回されるのなんか冗談じゃないって。俺は俺の人生だって」  そう言ったニコルの言葉はとても優しく、机に置いていた少女の拳をニコルは包み込むように両手で触れた。触れるのも不快で少女は振り払おうとしたが、その時ぐっと手を強く握られ、逃れることができなかった。逃れられないならと、叫んで人を呼ぼうと顔をあげた時、真っ直ぐに射抜くニコルと目が合った。  柘榴の赤い瞳が、少女の姿を映す。 「……ッ」  その時、心臓がドクリと一際大きな音で跳ねた気がした。 (な、なに……?)  逃がさないと、言われている。  手で、瞳で、表情で、少女が逃れることは許さないと。  ドキドキする。ジワリと汗がにじむ。  さっきまで身じろぎをして逃れようとしていたのに。  助けを呼ぼうと叫ぼうとしていたのに。  どうしてか、少女の身体も瞳もニコルに釘付けになっていた。  灰色の綺麗な髪がなびき、柘榴の赤い瞳をサラリとかすめる。    そのちょっとした動作に、色気さえ感じてしまう。  初めて、ニコルの男の顔を見た。 「俺は『ニコル』としてあんたに告白したわけじゃない。俺は『俺』として告白してんだ」 「こく……はく……」  少女は茫然としたように呟いた。  意味はわかっているはずなのに、脳がうまく処理をしない。 「最初は正直きつい冷たい女って思ったよ。けど、あんたは冷たいんじゃない。芯が強い人間だってわかった。周りに流されないで、目標にまっすぐでひたむきで、負けず嫌いで、んでちょっと捻くれてる。そんなあんたと過ごしていると、俺が『俺』でいられる気がした。あんたのその芯の強さが、俺をいつも迷わせないんだ」  ぐっと握られた手に力がこもる。少女はそのちょっとした力にさえ、びくっと身体を跳ねさせた。  動悸も早い。顔も熱い。  一体何が起こってる――……?  混乱が収まらない様子の少女を知ってか知らずか、ニコルは話を続けた。 「俺は元々何の取り柄もない普通の学生だったんだ。部活は何も入ってない帰宅部でさ。放課後は友達とゲーセンいって、夕方になったら解散して帰って母親の飯食って、妹が無理やり話す乙女ゲームの話をいやいや聞いて、その間親父が帰ってきておかえりって言うような、本当にただの、普通の男だったんだよ。んで交通事故にあってさ……」  少女ははっとした。  そうだ。転生は肉体に別の魂が入る現象。  つまり、ニコルにも元々生きていた世界があったということだ。  そしてそれは同じニーナとカレンにも。  元居た世界には家族がいただろう。友達やもしかしたら恋人だっていたかもしれない。それなのに、かつて生きた記憶を持ったまま、違う人物の人生を過ごすというのは、それは少女が思っているより、とても過酷なものだったのではないだろうか。 「ゲームのせいか、俺はゲームのキャラクター通りに『ニコル』を求められた。軟派で女癖が悪くて、捕らえどころのない飄々とした色男。今までそう演じてきたけど、でもそれは『俺』じゃない」 「……」  それはきっと少女には想像できないような苦しみと悩み。  自分じゃない誰かを演じなければならない苦痛。  だましているという罪悪感。  そんな感情にのまれながらも、自分らしく生きたいとニコルはそう望んでいるのだ。 「あんたとだから俺は『俺』でいられる。だから、俺を好きになって、俺だけのものになって」 「……ッ」  そう強引に握られた手を引き寄せられ、手の甲に唇を落とされた。  少女はその動作に、かあっと顔をさらに赤くした。 (今、もしかして私は口説かれているの……?)  こんなに男性に烈々に告白されたことなんて少女の人生で一度もない。  心臓はもう限界だ。バクバクうるさいし、めまいだってしてきた。  そう混乱していると、ニコルが手の甲にキスをしながら上目遣いで少女を見てきた。  その顔は反則だ。  恥ずかしすぎて瞳が潤んで泣きそうになっているのがわかる。  でも、でも、何か答えなければ。 「い……」 「ん?」  ニコルはやっと少女の手から唇を離し、少女と目を合わせる。  ダメだ。ドキドキする。  こんなのずっとされてたら、きっと死んでしまう。  だから、少女は震える声で精いっぱいの声量で応えた。
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