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第一章
岡原に電車を案内してもらった日から最初の週末の夜、七海は岡原に電話した。呼び出し音は鳴るが、出る気配がないので、LINEで電話をくださいと伝えた。
その日の夜遅く、岡原から電話がかかってきた。
「今まで仕事で電話できなかった、すまない」
「いいえ、先日はありがとうございました」
七海は礼を言う。
「そっか、無事に帰れたんだね。良かった」
そういえば、と岡原は言う。
「この間は千葉駅で迷ってたけれど、土地勘がないのかな」
「はい、今年の春、長野から引っ越してきて。千葉大学に通ってます」
七海は、千葉に来た理由を説明する。
「私の名前は七海というでしょう。七つの海とはいかないけれど、海の近くで暮らしたいと小さい頃から思ってました。名字の岸という字も、陸地の水に接しているところだから、海ともとれますよね。だから、海にとてもあこがれがあります。実家にいた頃は数年に一度しか海に行ったことがなく、海の近くに住みたいと思い、今は千葉で一人暮らしをしています」
「それで千葉に来たんだね。僕は名字には岡、名前には陸がついていて、大地に根を張って育って欲しいから、陸と名付けられたと親からは聞いている。岡に陸って組み合わせはそのままだなあと思うけれど。仕事は理容師で二十三歳、彼女なし。って、彼女なしはどうでもいいか」
七海は岡原の言葉に笑った。
「岡原さんは明るくて面白いですね。私は十八歳です。理容師は、なんだかもてそうですね」
と、七海は岡原にたずねた。
「全然そんなことないよ。お客さんの九十五パーセント以上は男性だしね」
「意外です、そうなんですね。お休みはいつなんですか」
「火曜日だけ。今年から一人前になったが仕事が忙しく、夜も勉強会があって、火曜日以外はほとんどプライベートな時間はないんだ」
「岡原さんは、忙しいんですね。私は火曜日は朝から夕方まで講義です。この前千葉駅で会ったときは火曜日だったけれど、午後の授業が休講だったんです」
「じゃあ、僕は偶然七海さんに出会えたんだね。ラッキーだった。買い物をしてたのかな」
「千葉そごうに本を買いに行ってました。SFで『星を継ぐもの』というタイトルです」
「それ、僕の大好きな小説だよ。とても面白くて、謎が謎を呼ぶ展開だけど、ネタバレするからこれ以上は言わないよ。七海さんに親近感がわいたな」
「私も岡原さんのことが、話しやすい男性だな、と思ってます」
「じゃあ今度、出会ったときに約束したおいしいお店に行かない」
と、岡原は言った。七海と岡原は日程を相談し、二週間後の火曜日の夜に都賀にあるおいしいカレー屋さんに行くことを約束し、電話を終えた。
七海は岡原のテンポの良い会話に惹かれていた。七海には彼氏がいないので、爽やかで楽しげな岡原さんも悪くないかも、と思っていた。
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