第四章

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第四章

 梅雨明けが発表された数日後、抜けるような青い空、まぶしい太陽のもと、七海は塚口先輩の学会を見に有楽町に来ていた。会場の東京国際フォーラムに入ると、適度に冷房が効いていて心地よかった。  塚口先輩は、大学院生の女性で七海が興味を持っている文学の研究をしている。そのため、七海は有楽町まで学会を見に来ていた。  塚口先輩の古代文学についての発表は滞りなく終わり、陽は傾いて夕方をむかえていた。  七海は岡原と食事を約束した都賀駅へと向かうべく、有楽町駅から山手線に乗り東京駅で降りた。  東京駅でコンコースを歩いていると8番線から快速成田行きという電光掲示が目に入った。  そういえば、前回千葉駅から都賀駅に行く電車は、成田方面の電車だった。だから、この電車で都賀駅に行けるのだと七海は勘違いした。そして、そのまま乗車した。  乗車するとすぐに、夢中になっている小説「星を継ぐもの」を読み始めた。宇宙物理学だけでなく、生物学まで関係するさまざまな謎解きに引き込まれ、時間を忘れてSFの世界に入っていった。  そろそろ都賀駅到着時刻という頃、七海は電車が停車している駅名を見た。 「安孫子(あびこ)」  初めて見る駅名に驚き、読めなかった。ひらがなを読むと「あびこ」と読むことが分かった。  しかし、ここがどこだかさっぱり分からない。とりあえず成田まで行くことは間違いなさそうなので、まずは成田に行くことにした。その後、千葉方面の電車に乗り都賀で降りようと七海は考えた。  ひとまず、岡原にLINEで都賀に着くのが遅れることと、成田行きに乗ったら我孫子に停車中ということを伝えた。  岡原からは、すぐにLINEで返事が返ってきた。 「有楽町に行ってたんだよね。その後、東京駅に出たと思うけれど、総武地下ホームから電車に乗った?」  七海はLINEを返した。 「地上ホームから快速成田行き、という電車に乗りました」  岡原からは、 「それは上野東京ラインで常磐線経由で成田に向かう電車だ。終点の成田まで行って、千葉方面の電車を拾えば、都賀に行けるから安心して」 岡原は、念のためスマホの乗換案内で七海が乗っている電車を調べた。 「今乗っている電車で大丈夫。ただ、成田で千葉行きへの乗り換え時間が四分しかないから、乗り換えは急いだほうがいい」  七海はこたえる。 「分かりました。心配かけてすみません。約束の時間からはかなり遅れると思いますが、必ず都賀に行きます」 「分かった。来るまで待ってるから気を付けて」  と、岡原から返事が返ってきた。  七海は岡原を待たせて申し訳ないと思うと同時に、今回はすぐに連絡がついて良かったと思った。  岡原と連絡してしばらくしたあと、成田駅に到着した。岡原が言ったとおり、成田駅到着の四分後に千葉行きが発車することが、成田駅到着直前の車内アナウンスで流れたため、七海は該当の電車に文字通り飛び乗った。  その後、千葉行きは順調に走行し、七海は岡原と約束した時間から約一時間遅れで都賀駅に到着した。  岡原は、改札口から出てくる七海を見つけて、安堵の表情を浮かべた。  七海は、 「とても遅くなってしまい、申し訳ありません。また、電車を間違えてしまいました」  と言い、岡原がこたえた。 「無事に会えたから良かったさ。遅れたことは気にせず、おいしいカレーを食べに行こう」  岡原は、駅から歩いて数分のところにあるインド・ネパール料理屋に七海を連れていった。現地の人が日本にやって来て働いている本格的なインドカレーがメインのお店だった。  二人掛けや六人掛けのテーブルが五卓ほどある、あまり大きくはない店だった。  岡原と七海は、左奥のテーブルに腰を下ろした。  店内は、やや込み合っていて、若い男性グループや年配の夫婦、カップルなどがおいしそうに食事をしていた。  七海はほうれん草マッシュルームカレーとナンとラッシー、岡原はバターチキンカレーとナンとコーラを頼んだ。 「ここのカレー、辛さが選べるし味も確かで知る人ぞ知る名店なんだよね」  と、岡原は言った。  七海は周りを見回し、 「そうですね、結構混んでますね」  と、こたえた。 「今までなかなか会えなかったけれど、今日は食事に誘えて嬉しいよ」  と、岡原が言い七海は、 「私が乗るべき電車に乗れなくて、会えなかったですね。本当にごめんなさい」  と、謝った。岡原は、 「僕の方こそ、連絡が取れないことばっかりで申し訳なかった。でも、今日こうしてふたりでいられるのだから、もうお互い気にするのはやめよう」  と、言った。 「ありがとうございます」  と、七海は言い岡原は、 「ありがとう、でいいよ。七海さんにタメ口で話してもらえると嬉しいな」 「うーん…分かったわ。タメ口、がんばってみる」  そんな会話をしていると食事が運ばれてきた。  こうばしいナンと複雑なスパイスの香りが食欲をそそる。  七海はナンの甘みとやわらかさ、カレーの辛さのなかにもまろやかさがある味わいに、とてもおいしいと感じた。 「おいしい」  と、七海は言い、 「文句なくおいしいよな」  と、岡原はこたえた。  七海は、おいしいカレーに満足した。それに、何度もすれ違ってもこうして会うことができたのだから、また岡原と会ってみたいと思っていた。  そんなことを考えているとき、岡原が提案した。 「七海さんの『海』、僕の名前の『陸』。そのふたつが楽しめる『海と陸』のデートを今度しよう。場所は行ってのお楽しみ。どうかな」  七海は、 「岡原さんといると楽しいから、喜んで」  岡原も笑みを浮かべて、 「良かった。ありがとう」  と、こたえた。  日取りを相談し八月上旬の火曜日に決まった。その後、食事に満足してお店を出ることになった。  そうしてふたりはわかれ、七海は無事に西千葉に着いた。  岡原さんは「海と陸」のデートをしようと言ってたけれど、どこに連れて行ってくれるのかしら。そんなことを考えながら、七海は家路についた。
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