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お盆前
八月もお盆前まで過ぎた。
「もうこの時期だと職員室の人も少ないね」
午後も過ぎて彩也香が呟いた。
職員室は午前中練習があったバスケ部、野球部の顧問だけしかいない。練習が終わると宮園や坂下は帰っていった。
「そういえば今日港の花火大会ね」
彩也香が言った。
「あ、そうですね」
泉が答えた。
市内の港では毎年花火大会がある。規模はそれほど大きくないが、市内の結構の人が見に行く祭りだ。
泉も高校生や大学生のときに行ったことはあるが、すごい人なので教師になってからは行っていなかった。
ふと見ると佑哉が帰る用意をしている。
「あれ?先生帰るんですか?」
彩也香が聞いた。
「ああ、うん」
「もしかして花火大会に行くんです?」
「あ、いや、港ではないんだけど…県
内にも今日花火大会があって」
「へー。彼女さんとですか?」
「まぁね」
そう言って佑哉は少し微笑んだ。
泉はその顔を見て少しショックだったが、二次会の時ほどではなかった。
「お疲れ様ー」
佑哉は帰っていった。
「仲がよろしいことで」
彩也香は肩をすくめたが、ふと自分のスマホが震えて画面を見た。 しばらくたってガタガタと帰り支度をし始めた。
「あれ、先生も帰るんですか?」
「うん…。何か今日会えるって」
彼氏とか。
「良かったですね」
彩也香も帰ってしまった。
今橋先生、 仲…いいんだ。県内の花火大会ってどこだろう…。どんな彼女さんなんだろう。
でも私今橋先生のこと結局あまりよく知らないんだよね。
仲良くなりたいとは思ったけど好きまで気持ちはいってなかったのかな。
それってやっぱりこの間紫原先生が彼女さんと別れたって聞いたから私そう思うの?
泉は余計なことばかり考えながら仕事を続けた。
「水瀬サン、水瀬サン」
肩を叩かれた。振り向くと直樹が立っている。
「俺、帰るけど水瀬サンまだ残ってく?」
「えっ?」
時計を見ると勤務時間を過ぎていた。
「 う、ううん、私も帰る」
泉も慌てて帰り支度をし始めた。
学校の門に鍵をかけた。
泉は自分の気持ちがよくわからなくて混乱していた。
「じゃ、紫原先生お疲れ様」
泉は直樹に向かってモヤモヤした気持ちのまま元気なく声をかけた。
「……」
直樹は泉を見たまま自転車に乗ろうとしない。
「?」
泉は訝しげに直樹を見た。
「水瀬先生、この後あいてる?」
「え?どうして?」
「花火大会行かね?」
「え?私と?」
泉はびっくりして直樹を見た。
「俺、この市にきて三年だけどまだその花火大会行ったことないなと思って」
あ、そういう意味ね。私と行きたいってわけではないよね。たまたま私が空いてそうだから誘ったのよね。
「……」
直樹が泉を見つめている。
しかしこのまま帰っても直樹と佑哉のことを考えてもんもんと過ごすだけだろう。
それに直樹と出掛けるのは素直に嬉しかった。
「うん、行く。紫原先生誘ってくれてありがとう」
泉は笑顔で返事をした。
直樹は泉の笑顔を見て一瞬顔が赤くなった気がしたがすぐにいつものポーカーフェイスに戻って
「じゃ、六時に○○駅の改札で」
と言って自転車に乗って前を走っていった。
まさか紫原先生と二人で花火大会に行くなんて…。
泉は戸惑いを隠せなかった。
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