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「でも……あたしはここにいます!」
少女は唇をふるわせ、江見から体を離した。それを見た道下は、この任務を引き受けたことを後悔し始めた。
「そうですね。仮想現実空間に接続中のゲストが亡くなられた場合、普通はその場で接続が切れ、VR空間のアバターも消えてしまいます。早川さんの場合も、そうなったと考えられていました。しかし事件後、当パークのコンピュータがCPUとメモリの過負荷で不具合を起こすようになりました」
江見は淡々と説明した。
「コンピュータは、ゲストの脳が発するフィードバック信号を元に、この世界とゲストのアバターの行動をシミュレートしています。ふつう、脳の信号が途絶えるとシミュレーションも停止しますが、あなたの場合はそれが奇跡的に継続された。今のあなたは、接続時にロードされたあなた自身の人格情報を、コンピュータのシミュレーションが補完することで維持されている状態なんです」
アリスの瞳が揺れた。「そんな。あたしは、そんなの全然……」
「前例の無いことです。なんと言ったらいいか……」
「あたしの体、本当にダメなんですか。もう助からないの?」
「ごめんなさい。事件からもう……ひと月半が経っているので……」
少女の顔が驚愕に歪む。
過負荷のせいだ。道下は思った。コンピュータの処理速度が著しく落ちていたから、彼女の体感ではまだ9月18日が終わっていないんだ。
「うそだ!」
アリスは金切り声で叫び、ベンチから立ち上がった。
「早川さん!」
江見を振り切って駆け出したアリスをとどめようと、道下が前に出る。前脚がアリスの肩に触れる寸前、少女の姿は火花を散らしてかき消えた。
辺りを見回したが、アリスの姿はどこにも無い。江見がウサギ耳をぴくぴくさせた。
「今のは何? どうやって……」
「パーク内をジャンプしたらしい。今の彼女はコンピュータと繋がってる。制限が無効化されてるな」
道下は舌打ちする。「とにかく、彼女は存在した。どうする?」
「どうするって、追いかけるしかないでしょう」
江見も暗い表情で立ち上がった。
「あの子は、パークの外には出られない。二人で手分けして探しましょう。見つけたらマーカーを立てて連絡ください」
「ウサギがアリスを追っかけるなんて、逆だろ!」
道下はそう吐き捨てると、バラ園を走って出て行った。江見も後に続いた。
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