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「ど、独特な味ですね」
なんとか感想を絞り出す。
いや、不味くはねえんだよ。
ただ、美味くもねえんだよ。
分かってくれる? この気持ち。
食べられないわけじゃないけど、なんか一味足りないの。
よくこれで店出そうと思ったな。
「いやーお恥ずかしい。はじめて料理作ってみたところ娘に絶賛されまして、これはもう皆さんに食べてもらいたいと思ったんですよ」
「そうそう。夢は世界一のお店にしたいんだよね、お父ちゃん!」
うーんこの味じゃあなあ。
「こっちの場所じゃ、お客さんが初めてだから、是非ともウチのお店を宣伝してくださいね!」
もしかして海外進出してきたってこと?
そうだな。見知らぬ土地で心細いもんな。
店主の父ちゃんの方は怖い顔してるけど、お嬢さんの方はかなり可愛い。
看板娘としてSNSでアップしたら人気は出るんじゃないかな。
まぁ、味はともかくとして。
「こっちに来てまだ日も浅いから、資金もあまりなくて。新しいお店の制服も買えなくてこの服も自作なんだよね」
「え、そうなの? 十分可愛いと思うけど」
「本当? ありがとうございます!」
にこやかに喜ぶ娘さんとは裏腹に、鬼の形相のような顔をしたお父ちゃんは見なかったふりをしよう。
そうこうしてるうちに、道に迷っている時間も気になって、俺は差し出されたチャーハンを必死に食べた。
味なんて気にしていられない。
フードファイターのごとく、噛まずにのみ込む。
「ぐふっ、ご、ごちそうさま」
よし、ちゃんと食べきったぞ。
鬼のような父ちゃんは感動したのか大泣きしている。
まさに鬼の目にも涙である。(意味違うけど)
「お客さんスゴイ! お父ちゃんいっつも量多めに作るから、食べきれないお客さんが多くて、残しちゃうんだよね」
「うん。ちょっと正直多いかな。もっと少なめでもいいと思うけど」
残したらその太っとい中華包丁で切り刻まれそうな恐怖と戦い、俺はやり遂げたぞ。
さすがに長居するのもアレかと思い、席を立つ。
無料だと聞いたが、社会人としてもう一度確認する。
「あのお代は」
「いいよ。兄ちゃん、ワシの料理たべきってくれたからな」
「そうだよ。さっきも言ったじゃん。お客様第一号だから無料でいいって」
「そ、そうですか。じゃあ本当にごちそうさまでした。それじゃあそろそろ」
膨らんだ腹をさすりながら店の扉を開こうとすると、娘さんに呼び止められた。
「あ、お客さん、まって。これ持って行ってください」
お土産、とにこやかに、ほかほかの湯気が立ち上る包み紙を渡された。
どうやら中身は、中華まんっぽい。
本来なら嬉しいのだが、腹いっぱいの身体には正直キツイ。
まぁ、ありがたく受け取って先輩にでもあげてしまおう。
「それ可愛いですね」
娘さんは俺のポケットからぶら下がるパンダのキーホルダーを指さした。
「よかったら、差し上げましょうか」
なにも置いていかずに去るのもなんだと思い、ガチャポンで買ったキーホルダーを娘さんに渡す。
家にダブりがあるからまぁいい。
「え、いいの? ありがとうございます!」
「いえいえ」
喜ぶ笑顔が俺にとっての最高のお土産になったよ。
なーんて、キモイ思考は捨てよう。
腹は満たされていたおかげで、気持ちも落ち着いている。
とりあえず山を下りていく。
「おーい!」
遠くで先輩の声が聞こえた。
よかった―、助かった。
不安だった気持ちも消し去り、急いで駆け寄る。
「どこ行ってたんだよ。心配したぞ」
「すみません。いやー、ちょっと道に迷って」
先ほどのお店での経緯を話すと、先輩は怪訝な顔をする。
「なに言ってるの? この辺に小屋なんてないと思うけど」
「え?」
いやいやだって、さっきまで腹いっぱいチャーハンを……、そう思った途端、急に空腹感が襲ってくる。
「あれ?」
「それになに? その包み。 この辺コンビニもないと思うんだけど」
どうやらお土産は手元に残っていた。
パンダのキーホルダーはない。
夢、じゃないよな。
一瞬、狐につままれた不安が襲ってきたが、俺は幻ではないことを確認するために、中華まんにかぶりついた。
うーん。
美味くも不味くもない。
でもあの店は、存在していたんだよな?
どうやら先輩の知り合いの話に聞くところ、時々、異世界に通じる場所があるのだとか、ないのだとか。
なんという、ラノベ展開だろう。
だがもし、本当に存在するのなら、俺はもう一度あの店に訪れてみたいと思う。
料理はともかく、あの娘さんに会いに。
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