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当時の僕は、文字の読み書きができなかった。
まだ、言葉が存在する、ということをぼんやりと想像している段階である。
とてもではないが、自力で生きていけるような力はない。
そんな状態で、僕は暗い道を歩いていた。
どうして、自分がこんな場所で歩いているのか、そのときの僕はわからなかったし、そもそも、そのことを疑問に思わなかった。そのぐらいの知的レベルである。
ただ、ぼんやりと、いつも自分を守ってくれる母親らしき人物が、誰かと大声で言い争っている記憶があった。
だから、おそらく、そういうことなのかな、と今になって想像している。
しばらく歩くと、遠くからこちらに向かって走ってくる影があった。
僕は、ぼんやりとそれを眺めている。
近づくにつれて、対象の様子が鮮明になった。
舌を出し、息を荒らげているそれは、僕の目の前にやってくると、その場で座った。
どこかで見たことあるな、と僕は思った。
もちろん、言葉でそう思ったのではない。
目の前で座る何かと、似たようなものを、テレビか本で見たことがあるのだ。
数秒ほど考えて、やっと思い出せた。
分厚くて硬い本に、犬の写真が貼られていたのだ。
その犬と、僕の足元で寝転ぶなにかは、似ているように思えた。
僕は、犬の背中に触れた。
犬は、とくに反応をすることもなく、じっと僕を見つめていた。
触るのに飽きた僕は、犬の横を通りすぎ、暗い道を歩いた。
しばらくして、僕は公園に到着した。
公園の中央にある砂場へと向かう。
砂を手ですくい、サラサラと流す。
それを繰り返した。
しばらくすると、足音が聞こえたので、僕は反射的に振り向いた。
すると、そこにはさきほどの犬がいた。
舌を出した状態で、真っ直ぐとこちらを見つめている。
僕は犬に近づき、その体に触れた。
暖かかった。
僕と犬は、ベンチに寄り添うようにして座り、そのまま眠りについた。
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