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5
僕と犬は、あてもなくさまよった。
あるときは路地裏、あるときは林、あるときは廃墟、あるときは庭を宿にした。
いま思うと、よく誰にも通報されなかったな、と不思議に思う。
子供が汚い格好でぷらぷらと歩いているのだ。
面倒事に関わりたくない、と考える人としか、すれ違わなかったのだろうか。
その頃になると、僕も犬も衰弱していた。
とくに、犬は体が壊れかけており、毎日嘔吐していた。
しばらくすると、ついに、僕たちは歩けなくなった。
竹藪の中にポッカリと空いたスペースがあり、僕と犬はそこで横になっていた。
犬は、苦しそうだった。
何度も何度もクシャミをしていて、そのたびに、犬の全身は大きく震えた。
犬は舌を出して、僕を見つめている。
夕方になった。
犬は、まだ生きている。
でも、ほとんど動かない。
お腹が、僅かに膨らんだり、凹んだり。
それ以外に、動きはない。
僕は、そんな犬の様子を眺めながら、公園で動かなくなったお爺さんの顔を思い出していた。
お爺さんは、
苦しそうな表情をしていた。
そして、
ただ、
静かに、
音もなく、
口元を緩め、
安らかな表情で、
動かなくなった。
僕は立ち上がり、犬を置いて竹藪に入った。
頭の中で、映像が流れていた。
公園にいたときの記憶だ。
僕は、草むらで飛蝗を追いかけていた。
右手には、石が握られている。
そして、
僕は飛蝗に向けて石を振り下ろした。
数秒経過。
石を退けると、足をピンと伸ばしたあと、ゆっくりと地面に臥す飛蝗が見えた。
そのあと、いくら待っても、飛蝗は動かなかった。
あのお爺さんと同じだ。
動いていたものが、動かなくなる。
そうか、あのお爺さんは、潰れた飛蝗と同じようになったのか、そう僕は思った。
僕は、竹藪の中で、目的の物を見つけた。
それを抱えて、なんとか歩く。
途中、何度か休憩した。
辺りが暗くなって、僕はようやく犬の元に辿り着いた。
まだ、犬は生きている。
僕は、
両手で大きな石を持ち上げ、
犬のそばに寄った。
犬は、
舌を出し、
息を荒らげ、
黒い瞳で僕を見ている。
僕は、
狙いを定め、
石を振り下ろした。
ドサ、と大きな音。
犬のお腹は動かなくなった。
僕は、石を退けて、犬の状態を確認したあと、竹藪から出た。
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