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それから数ヶ月が経った。
現在、僕は保護施設に預けられている。
犬に石を振り下ろしてから、どういった経緯でここに預けられたのか、記憶になかった。
保護施設では、一日に一時間ほど、文字の読み書きの勉強をする時間がある。
僕は、みるみる言葉を理解していった。
最近では、簡単な会話ならできるレベルまで上達した。
今日も読み書きの練習時間が始まった。
椅子に座り、机に広げられているノートに、文字を書く。
「先生」
僕がそう言うと、遠くに立っていた女の人がこちらにやってきた。
「どうしたの?」女の人が訊く。
「これ、なに?」僕が言う。
「これはねぇ、犬だね」
「イヌダネ?」
「あー違う違う。犬、だね」
「犬……」
ノートには、犬のイラストが描かれていた。
「犬を、もっと見る」僕が言う。
「もっと見る?」女の人は首を傾げた。
「犬を、もっと見たい」
「あーね」女の人は明るく言った。「ちょっと待っててね」
女の人は、本棚から本を一冊抜き取り、僕の机の上に広げた。
「ここに、いっぱい犬の写真があるよ」女の人は口元を上げた。「どうぞ」
「ありがとう!」僕は大きな声で答えた。
僕は、本のページを捲った。
舌を出した犬の写真がいくつもあった。
ペラペラと捲っていく。
僕は、ある犬の写真を探していた。
しかし、僕が見たかった犬の写真は、どこにもなかった。
「先生、もっと犬を見たい」僕は顔を上げた。
「なにか、探しているの?」
「うん、犬を飼ってたから……、うーんと、飼ってたから、その犬を知りたい」
「どんな犬だった?見た目は?」
「見た目?」
「……うんとね、毛が黒いとか、目が大きいとか、そういうの、ある?」
「えっと、ベロが出てて、こう……、ハァハァってしてて……」
「うんうん」
「えっと……、それで、僕みたい」
「え?」女の人は首を傾げた。「僕見たい?」
「ううん」僕は首を振った。「僕みたいな、見た目、してた」
【完】
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