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すっと背筋の伸びた後ろ姿。うんと高い背。細長く繊細な指先がチョークで黒板に文字を綴っている。
その視線がわずかに横を向き黒髪が揺れた瞬間、思い出した。高校生になったあの日、私はこの後ろ姿に一目惚れしたんだ。
入学式とホームルームを終えて教室を出た後、渡り廊下ですれ違った。
はっと目を奪われて慌てて振り返ったけど、もうその横顔は見えない。ただ黒髪が春風に揺れているのが視界に入っただけだった。
きっちりとスーツを着こなす後ろ姿からは、沈着冷静かつ生真面目な人柄が滲み出ていた。
私はしばらくの間、その後ろ姿から目をそらせなかった。
翌日の授業で、初めてきちんと正面から見ることができた――と思ったら、入学式の教師紹介で、一年の国語を担当する白井眞名人だと一礼していたらしい。
私はうっかりしすぎだ。そんな大事なことを見逃していたなんて。
白井先生は後ろ姿から想像した通りの人物だった。
銀縁眼鏡の奥に光る切れ長の瞳、表情はめったなことでは変わらなくて、いつも落ち着いている。低いのによく通る声だけど、言葉数は少ない。ラフな格好の先生方も多い中、いつでもスーツ姿。
威厳があって、一部のやんちゃな男子からも恐れられている。そのくせ、授業内容を質問すれば親身になって丁寧に教えてくれる。
私、三杉杏菜は二年経った今でも、先生の後ろ姿に見とれてしまっている。
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