葛藤

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「工藤から助けてなんて連絡来たから珍しいなと思ったらそういう事か」 5人組のリーダーっぽい男がカウンターの中に戻っていくオーナーの姿を目で追いながら合点がいった様子だった。 「えー?何も意味はないよ?たまには営業してみただけ」 ふにゃりと笑っていつものオーナーに戻った。 「前科あると真っ先にやってくるからな。工藤も今は真っ当に生きてるのにしつこいな。あいつらがセカンドチャンスを潰すんだ」 「あはは」 この少年のようなオーナーにどんな過去があったのだろうと蒼は少しだけ興味を抱いたが心の奥底から湧き上がる好奇心はない。5人の客を見ると昔悪かったのかな、くらいの印象。誰だって過去はいろいろある。そんなもの現在を生きるにはどうでもいい。 「ムカついたから伝票のゼロの数ひとつ多くつけた」 子どもがいたずらする時のような顔でオーナーは指で空中にゼロを描いた。本当に払っていったんだろうか、会計している所を見逃した。 「警察からプチぼったくりすんなよお前」 「最後の酒だもん。高価な酒で送ってやらないと失礼かな~と思って」 全員がどっと笑い出す。蒼には意味がわからなかったがとりあえず空気を読んで笑顔を作った。 ひと雨降るごとに寒くなっていく。鴉巣を出ると外は冷たい風に追い立てられるように人が歩いていた。 「あいつ俺からぼりやがって」 「払ったんですか?」 「払ったよ、あそこでごねたら格好悪いだろう」 無能な上司に部下の若い男は白けた視線を遠くに飛ばす。確かにあの若いバーテンの言っていたとおり防犯カメラには地下から出たり入ったりしてまわりの様子を見たり、隣接する店の従業員と話をしている姿が確認された。 問題は黒いパーカーの男。その正体を探るために行ったんじゃなかったか? 数分歩いてコインパーキングに停めてある車の運転席側の窓をノックする。起きているはずなのに反応がない。ドアを開けるとロックされていなかった。 「不用心だな。まあいいや、出せ」 後部座席に座って上司が横柄な態度で運転席に座っている部下に指図する。だが彼は動く様子がなく黙って座っていた。 「なんだ?寝ぼけてんのか?おい」 後ろから肩を掴んで揺さぶると、支えを失った首がぐらりと揺れてそのままハンドルに突っ伏した。 車内のふたりが異変に気がついてパニックになった瞬間、その車はビルの隙間に挟まれた空間で派手に爆発し炎上した。 その衝撃は鴉巣にも伝わってドン!と突き上げる衝撃に「地震!?」と誰かが不安そうにささやいた。 「おい!なんか爆発したみたいだぞ!」 様子を見に外に出ていた客が興奮した様子で戻ってきて店内は騒然となる。開け放たれたドアから緊急車両のサイレンが聞こえる。地下に反響して道ですれ違うより大きく聞こえる気がした。 「僕おっきな花火が大好きなんだよねえ」 客が避難経路である入り口のドアを見ている中、オーナーの工藤はのんびりした口調でジュースを一口飲んだ。 野次馬が続々集まってくるが炎の熱さで近寄れない。 「ま、こんなもんですかね」 通りを挟んだ雑居ビルの外階段からコートを着た髪の長い女と黒スーツ姿の男が燃え盛る炎を見つめていた。 「爆殺依頼なんて久しぶり」 髪の長い女、芽依は起爆装置をコートのポケットにしまう。付き合う理由はなかったが蒼が働くバーのオーナーからの依頼と聞いて当麻も現場にやってきた。 蒼に絡んで降りかかる炎を払いのけようとしたのなら無関係ではない。 「どんな男なんだ?」 「心配?かわいい弟のバイト先だもんね」 「当たり前だろう」 世の中には自分以上に頭のイカれた人間がいる。 「寒さ我慢は終わりだ。俺は帰る」 芽依をその場に残して当麻は階段を降り始めた。
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