微睡み

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今日は子どもと大人の蒼が頻繁に入れ替わる不安定な精神状態のようだった。 そういうものだと割り切って欲望を優先しようかどうか当麻は迷う。大人の蒼の記憶に残らなくても、子どもの蒼は蒼なりに兄を求めてくる。どうしたものかと途方に暮れているとやがて小さな寝息が聞こえてきて当麻をほっとさせた。 トレーナーからのぞく足が艶めかしすぎてかき集めたブランケットをかけて隠した。昼間歩いている蒼を見た時から自分を誘っているのかと動揺した。そんな風に弟を見てしまう自分の心が醜い。 無心な顔で眠っている蒼の寝顔を見る。今は幼い蒼なんだろうか。苦しげにうなされている時の声は大人の蒼だった気がする。時々目を開けて「とうま」と呼ぶ声が異様に幼いと気がついた瞬間、自分の罪の重さを知った。 子どもなりにどうやったら父から逃げられるか考えて実行した事がお互いの精神を壊してしまった。当麻は確信犯で、自覚してわざと殺さない程度に父親を刺したのだから覚悟が違う。罪には問われないことがわかってやった茶番だった。だが蒼は複雑だ。性暴力を父親の愛だと思っていたのだから、はじめは当麻を悪く思ったらしい。兄弟としては離れるのは嫌だがどうして父をあんな目に遭わせたのか理解できないまま数年が過ぎた。後々父の罪を理解して純粋に兄がいない寂しさが余計に精神を不安定にさせたらしいと母から聞かされた。 「お前は手遅れだけど蒼には真っ当な人生を送ってほしいわ」 自分を愛してくれていると信じていた母は、殺人未遂を犯した幼い子どもを厄介者扱いした。そこまでは5歳の当麻には考えが及ばなかった。 「ごめん当麻…、俺寝ちゃった?」 テーブルに肘をついて頭を抱えていた当麻に蒼が声をかけてきた。この声は大人の蒼だろう。今日一日で聞き分ける事ができるようになってしまった事が悲しい。 「なあ蒼」 「…何?」 「親ってなんなんだろうな」 当麻は自分の頭を蒼に押しつけて目を閉じた。 弟にとって親はどういう存在なんだろう。当時の気持ちではなくて全てを知った今両親のことを許しているのか憎んでいるのか、それとも他人に近い感覚なのか。 「どうでもいいよ。僕は当麻がいればいい」 「先の事なんかわからないよ?」 「なんで?ずっと一緒にいるって言ったじゃん!逃げ切る確信あるってあれ嘘?」 やっぱりそう言うよな、当麻はつい笑ってしまう。聞かなくても答えはわかっていたのに愚問だった。 「ごめん、蒼は俺のこと大好きなお兄ちゃんと言ってくれたもんな」 「もう知らない。こんな事に時間使うのもったいない」 「無駄じゃない時間の使い方ってなに」 「……」 「教えて。蒼にとって有意義な…」 「キライ!!そんな事ばっか言って当麻なんか嫌いだ!!」 突然癇癪を爆発させた蒼すらかわいい。裏を返せばそれだけ自分の事が好きな証拠でしかない。暴れる蒼を押さえつけて当麻は冷たい微笑を浮かべた。 「お互い壊れてんだ。もう手遅れだよな俺たち…」 「なに言って……」 「だって兄弟でこんな事してんだぜ?」 言葉では生意気な事を言っても正直な感情を表している部分は固く膨張して当麻の腹に当たっている。 「ほら」 「やだ…」 蒼は顔をクッションに頬を押しつけて当麻の視線から逃れようとした。 「ふうん、俺の事嫌いなんだ。そっかあ…。お兄ちゃん悲しいな」 両手首を掴んでソファに固定しながら当麻は腹で蒼の部分をこする。 「ほら出てこいよ。幼い蒼くん。お兄ちゃん大好きって言ってよ。寝ちゃったの?大きな蒼君は俺のこと嫌いなんだって。蒼のために人生棒にふったのに悲しいねえ」 「…当麻…」 「お前は誰だ」 「当麻……」 乱れた前髪から蒼のうるんだ瞳が当麻を捕らえる。 「俺の蒼…愛してるよ」 当麻の体がゆっくり動き始める。鮮やかな柄のクッションに挟まれた蒼の白い体は逃げ場を失い当麻の欲を打ちつけられて揺れていた。 元は倉庫だった部屋に蒼の甘い声が響く。天井が高い空間は熱を逃しやすいが蒼の体は燃えるように熱い。なぜか怖くなって当麻の背中にしがみついた。 「う…、当麻…怖い……」 「なにが?」 「わかんない…わかんないけど…なん…か……」 蒼がだんだん意味不明な言葉を紡ぎ始める。 「目、閉じて。力抜いて」 当麻が蒼の唇を塞ぐ。 「ん……」 ゆっくり力が抜けていく。酸素を奪えば思考が薄くなって何も考えられなくなる。 「俺のことだけ考えろ」 真っ白になった頭に当麻の事だけを植え付ける。後は快楽に従順な本能の獣になってお互いを求めあう。 それだけしか不安を消すことが出来なかった。
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