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遅番の従業員が鴉巣のドアを開けるとカウンターに初老の男とオーナーが並んで座っていた。 「おはようございます」 「おはよ。もうそんな時間?」 岸本に合わせて工藤も熱燗を飲んだ。仕事中は酔わない自信があったのに座って飲んでいたせいか予想外に体が熱い。 「いらっしゃいませ。わあオーナー体が揺れてる~」 「えへー」 普段から浮かべている微笑をことさら強い笑顔に変えてにこにこしている油断した顔は少年にしか見えない。隣に座る岸本に寄りかかって何とか体制を保っている。 「すいませんオーナーが」 「俺に合わせて飲んでくれたから。大丈夫か工藤」 「だーいじょおぶ、僕酔ってないから」 従業員の若い青年がコートを着たまま工藤を椅子から引き離そうとするがびくともしない。 「いつもこんなんだから平気です。ほら!オーナー!立つ!ああもう蒼がいないと俺の負担が倍になる」 「うい」 丸い頭を振り子のように揺らして工藤がゆっくり立ち上がった。その間に岸本が財布を出す。 「そろそろ行くわ。長居してすまん」 「もう行っちゃうんですかあ?う…僕もいきそ……」 「ありがとうございます!えーっと伝票…っ、どこに行ったあ…」 放置したら下ネタを投下され続けると判断した青年が慌ててカウンターの中に入って伝票を探した。 「とっくりいち、に、さん、し…」 工藤はふらつきながらカウンターに転がる徳利を数えていたが4で力尽きた。岸本は無言で1万円札を財布から抜いて、急いでネクタイを結んでいる青年に渡す。 「ありがとうございます。オーナー釣り銭どこ?」 「僕の○○○」 「死ねっ」 「また来る。今日はそれ取っておいて」 岸本は自分でクローゼットを開けてコートをハンガーから外して自分で羽織った。 「お見送り~」 ドアをすり抜けて店の外に出た岸本を見事な千鳥足で工藤が追いかける。嘆きの表情の従業員の姿が背後にちらりと見えた。 「岸本さん本当は何か話したい事があったんじゃないの?」 外に続く階段を登ろうとする岸本の背中に工藤は声をかけた。ふりむくと案外正気な工藤がドアに背中をつけて立っている。面食らった顔をしている岸本から目をそらさずにじっとその目を見た。 「あったかもしれないけど、忘れた」 「僕酔ってないから言っても大丈夫だよ」 「せめてお前くらいは真面目に生きている所を見たかっただけだ。また来るよ、おやすみ」 「…おやすみなさい」 背中を丸めて登っていく姿を工藤は冷めた目で見送る。しばらく姿を現さなかったのにどういう風の吹き回しか。酒を飲んでも仕事の話をしなかったのはさすがだが、珍しく弱音を吐いていた。お払い箱になる前に何か納得する成果をあげたかったのか。どれだけ話題を誘導しても岸本は何も言わなかった。 「ねー僕帰ってもいい?」 店内に戻って答えを聞かずコートを着て帰り支度を始める。 「はいはい。タクシー呼びますから座ってて下さい」 有能な部下がさっそくスマホを取り出している。 「一人で帰れるもんっ!」 高らかに宣言して工藤はドアを開けて外に出た。階段を登りながらかばんからスマホを出して番号を表示する。 「あ、タクミいます?工藤です。いつものホテルで。はい」 要件だけ簡潔に伝えて工藤はホテルに向かって歩き出した。人を殺した高揚感が欲を燃え上がらせて体が熱い。決して酒のせいではない何かを抱えて工藤はいつも使うホテルに入っていった。 「ご指名はありがたいんですが俺より後に来るってなんなんですナオさん?」 部屋の前で締め出されている人物が工藤を見て文句を言う。少し長めで黒金に染めた髪、同業に見えなくもない細身のスーツにコートを腕にかけて彼は立っていた。 「中に入っていればいいだろう」 工藤は親しい友人からは本名の直継からナオと呼ばれていた。恋人はいない。仕事柄会いたい時間に会えるデリヘルをよく利用する。衝動が収まるなら性別はどちらでもいい。今夜はなんとなく男を呼び出した。 「入ったら誰もいなかったから出てきたんです」 タクミが開けたドアを通り部屋に入る。雑に脱ぎ捨てた靴を揃えて部屋の照明を点けてからタクミも中へ続く。 「今日もご機嫌斜めだねナオ」 工藤はベッドに目を開けたまま横向きに寝転んでいた。 「僕の機嫌を直すのが仕事だろ。さっさとやってくれ。僕は眠い」 全てを着たままタクミは上に乗りかかってきた。同じ30代だが童顔の工藤よりタクミは大人に見える。 「血の臭いがする。泣かせて全部吐かせてやるよ。懺悔したいんだろう?」 シュル、と音を立ててネクタイを外されるのを工藤はされるがままになっていた。 「黙ってやれ」 ボタンを外されて手際よく服を脱がされていく。あっという間にふたりとも全裸になっていた。 「泣けよ」 タクミが乱暴に唇を塞ぐ。そういうプレイで事情を知っているわけではない。長い付き合いで知り尽くしている工藤の好みの人物を演じているだけだった。 「やん…大き、タクミっ……早…て…!」 四つん這いにさせられて強い力で突かれる。愛撫も何もなくいきなりやられてさすがに工藤も動揺した。 「言え。今夜は何をした」 「やだ…何もしてな…あ……」 「街は緊急車両だらけだ。お前がやったんだろう」 「…知らない…関係な…あぁ!…う……タクミ…」 もちろんプレイでタクミは何も知らない。言葉責めされると燃える工藤の性癖を知っているから思いつきを言っているだけだった。
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