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ここはどこだろう。 真っ暗な空間で蒼が目を覚ます。ベッドの上に横たわっている事を自覚して母のマンションにある自分の部屋だと思い出した。 当麻を止めることは出来そうにない。邪魔はしないけど最後は戻ってきて。そして一緒に永遠の世界に行こう。 ふたりの居場所はこの世界にはない気がした。 無駄に広い当麻の牙城は倉庫街の一角にありあまり人気がない。訪ねてくるとしたら芽依くらいだ。派手なアメ車のエンジン音でそれに気づく。 カンカンと金属音を響かせて階段を登ってくる。今夜は何の用だろう。ジャージ姿でだらだらくつろいでいるのを邪魔されたくないが芽依は勝手に入ってきた。 「いる?」 ヒールの音が近づいてくる。ふり向かずソファに深く座っていると後ろから腕を回されてスマホ画面を見せられた。 「…岸本?」 そこには鴉巣から出てくるトレンチコート姿の岸本刑事が写っている。探偵でも始めたのか。こんな目立つ女、自分がターゲットにされるのが関の山だ。 「うるさい蝿がまわりを飛んでいるわね」 赤い袖が首に巻き付いてくる。当麻はしばらく背中を丸めた岸本の姿をじっと見ていた。 「俺の所にも来たぞ」 当麻の言葉と同時に画面が後ろに消えた。かわりに芽依が顔を覗き込んでくる。ナイフの時と同じように、クッションにスマホを投げた。 「そのうちかわいい弟さんの回りにもうろつくでしょうね。直接の接点はないけど当麻の件に絡んでつきまといそう」 「あいつは何もしてない。犯罪者の弟ってだけだ」 「一般人が警察にマークされ続けたらノイローゼになるわよ。よほどメンタルが強くない限り」 強いストレスと過去の記憶が不安になって襲いかかってくると蒼はパニックになって人格が激しく入れ替わる。医者の治療は蒼に何の効果もなかった。 「今後の憂いは早めに潰しておいたほうがいいわ」 声をひそめて芽依が耳元でささやく。芽依に仕事の依頼が来ているのだろうか。当麻をそそのかして過去に照らし合わせて動かせば自分は楽できる。 「じいさん一人ほっといてもそのうち死ぬだろう」 「あらつれない返事」 後ろから離れて当麻の横に座った。赤いスーツがけばけばしい。今日はいつもより胸元が開いてスカートが短い気がした。 「俺は親父を殺せればそれでよかったんだ。ほかの人間はどうでもいい」 「殺人を犯せば警察が動くのは当然でしょう?あなたの家族にも疑いの目がかけられる。世間の目から逃れてひっそり暮らすしかないわ。それに耐えられるかしらね」 「…何が言いたい」 芽依がすっと体を離す。長い髪がスーツの上をさらさらと滑った。 「逃げられないなら全員道連れにしてすっきりしたらって提案」 「蒼は勝手に俺について来るだろう。母の事までは面倒みきれない。親父が変態じゃなかったら幸せだったのにな、それも今さらだ」 当麻は高い天井をぼんやり見つめる。父に小さな体を舐め回される蒼。ぎゅっと目を瞑ってそれに耐えていた弟。何かあると殴ってくる父親。子どもの頃はそれが全ての世界だった。 母が救いの女神だと勝手に思い込んでいたが現実の母はただの弱い女でしかなかった。引き取ったものの幼い兄弟をどう扱っていいかわからず逃げるように仕事に没頭してあまり顔を合わせた時間がない。蒼は精神を病み、当麻は問題行動を繰り返してお互い病院や施設を行き来する日々。 たよりなさげな雰囲気の弟と違って当麻はまわりの空気を切り裂くような危険な気配を纏っていた。そんな当麻を女たちは離さないが彼の目に写るのはいつまでも自分を追いかけてくるかわいい弟だけ。 「気が変わったら連絡ちょうだい」 これ以上押しても気持ちが変わりそうにない当麻を見て芽依が立ち上がった。また機会があれば話をして乗ってこなければそれまででいい。 「お前は何で俺に人を殺させようとするんだ?」 前から謎だった疑問を投げかけてみた。父を殺すまでは協力を仰いだが、目的が果たせた今は用はない。当麻にとってはただのビジネスパートナーでしかなかった。 「知りたい?」 「明確な理由があるならな」 多分納得できる理由はないだろう。殺人に快楽を感じる、それが仕事に繋がっただけの社会にとって危険なモンスターのひとり。 「私にも人に言えない過去くらいあるのよ」 「へえ?」 長いまつ毛を伏せて芽依が小さな声でつぶやいた。暇つぶしにはちょうどいい話だと思い当麻は興味がある態度を装った。
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