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この女の昔話を聞いてみようときまぐれに思った時電話の通知音が響いた。 当麻はスマホを手に取り画面を確認して表情をやわらげる。 「もしもし」 『当麻、いまどこ?』 少し不満げな蒼の声が聞こえた。 「家にいるよ」 『どうして先に帰っちゃうの。一緒に戻ろうと思ってたのに』 「あんまり気持ちよさそうに寝てたから起こすと悪いと思ったんだ、ごめん、泣くなよ」 『泣いてないっ…』 受話器から漏れる声で芽依はなんとなく会話の意味を理解する。 「蒼はどこにいるの」 『アパートに戻ってきた』 「母さんは?」 『知らないよ』 本当に親のことなどどうでもよさそうな口調だった。蒼には当麻しか見えていない。女だったら面倒くさいがかわいい弟の言うことなら何でも許してしまう自分がおかしくて自然と笑顔になった。 『ねえ当麻…』 スマホの向こうから甘える声がする。 『これからどうするの?今日みたいに目が覚めたら当麻がいないなんてイヤだ。せめて次いつ会えるか教えて。じゃないと僕おかしくなりそう』 よってくる女にはそっけないのに、弟にはまるで恋人にように優しい。そんな顔も出来るんだと芽依は意外だった。 「すぐに会えるように頑張るよ。いい子にして待ってて」 『…無理かもしれない……』 「え?」 『…僕は…待てないよ、当麻がいなかったら自分が何をするかわかんない…』 思いつめたような声に当麻は背筋がぞくりとする。 「今から行くから変な気を起こすな」 『だめ。外にいっぱい人がいる。多分警察関係者だと思う。僕も部屋から出にくいんだ。でも我慢できなくて…電話しちゃった』 尾行が続けば頭がおかしくなるという芽依の言葉を思い出す。蒼も限界なのかもしれない。母のマンションへ行く時は当麻と会える嬉しさと期待があったがひとりで帰る道は寂しさしかない。そこまで気が回らなかった自分に腹を立てた。 「蒼…。ごめん。ちゃんと顔見て謝るから」 『もう終わりなんだよね』 「その目障りな蝿どもを消せばいい。そこから動くな。少しの間だけ我慢して…。ね?蒼なら出来るだろう?」 何をするの?教えて!と蒼の悲鳴のような声が聞きながら当麻は通話を切った。 「芽依の挑発に乗ってやるよ」 口角をひくつかせて当麻が薄く笑う。隣に座って訝しげな目をしている芽依をそのままにして当麻はどこかへ電話を掛けた。 「朝早くからすいません岸本さん」 岸本の名が出てきてさらに芽依が驚いた。さっきまで全く話に乗ってこなかったのにこの変わり身の早さはなんだろう。 「最後に岸本さんにだけ話したいことがあって…。俺もうどこにも行く所がないんです。この世から消えようと思ったらどうしても会いたくなって。こういうの懺悔っていうんですかね」 よく言う、そんな事これっぽっちも思ってないだろう。芽依は当麻の役者ぶりにため息をついた。 「弟に渡してほしいものがあるんです。もし気が向いたら…。預かってもらっていいですか?」 早まるなと叫んでいる岸本の声が聞こえる。どちらも下手な芝居をしているとしか思えない。情にほだされたふりをして岸本は必ず仕掛けてくる。そんなシンプルな罠にかかる当麻でもない。罠をはるのはこちらだ。 獲物を前に目をぎらぎら輝かせる獣のように当麻の瞳に鋭い光が宿る。すべてを始末するのが自分の役目だと肝に銘じて芽依は立ち上がった。 「弟のためなら何でもやってあげるのね。実の父も殺すんだから筋金入りだわ」 「父じゃない、性犯罪者だ」 「はいはい」 使いやすい単語として「父」と言っているだけだが当麻はいつもその言葉を訂正する。 「私も子どもに手を出す奴は好きじゃない。あの男の人間性もどうかと思ってたけどね」 酒癖が悪くて欲望丸出しの稲川紘一を思い出して芽依も不機嫌な顔になった。
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