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「お父さんこれ見て!これ病気かな!?」 コーヒーの入ったマグカップ片手に料理をしていた父の足にぶつかるように抱きついた。さっきまで当麻の態度に腹をたてていたが、もし本当に何か病気だったらと思った途端急に不安がおし寄せてきて涙が出てきた。 「なになに?どこ」 こぼれないようにマグカップをテーブルに置いて父は裸の蒼の前にかがんだ。 「痛いのか?」 父はあまり興味なさげに痣を見ている。 「お湯がしみる。これ何だと思う?」 「薬でも塗っておけば大丈夫だろう」 あまり真剣に取り合ってくれない父に蒼は不満を感じたが、薬箱を取りに行ってしまった父の後を追う事はなかった。 自分で服を着て子ども用のTシャツに短パン姿の当麻が、裸のまま足の内側に父の指で軟膏を塗られているのを黙ってじっと見ている。 「当麻、お前気がついてたんだったらお湯の温度考えてやれよ。蒼が痛いって」 「え?俺のせい?」 何故か半笑いで眉をひそめている当麻が聞いたことのない人を馬鹿にしたような声で言った。蒼はだんだん冷静になってきて騒いだことを後悔する。 「ごめんなさい…」 結局謝ることしか出来なくて涙を浮かべている蒼の体を抱き上げて、父は当麻の横を通って子ども部屋に入り裸の蒼に服を着せ始めた。 「当麻は自分で着替えが出来るようになったみたいじゃないか。蒼もお兄ちゃんみたいにしっかりしないとな」 夜の時と違って父は優しく頭を撫でてくれる。 「…当麻は大人だもん。かしこくて何でも知ってるし、僕は当麻にかなわない」 ほんの少しだけ悔しくて蒼は珍しく口答えした。 「いいお手本だ。当麻についていけば大丈夫だろう」 子どもっぽい態度がおもしろかったのか父は笑って蒼の頭をぽんぽんと軽くたたいて立ち上がった。 リビングに行くと当麻はひとりでゲームをしていた。 「僕もやる」 隣に座った蒼を無視して当麻はコントローラーを乱暴に操作している。そこに本当に敵がいるかのように前を睨んでいるその形相が異様に感じて蒼は戸惑った。 「メシ食ってからな」 「当麻も食べてないじゃん。一緒に食べようよ」 「邪魔すんな!」 腕を掴んで無理やり立ち上がらせようとした時強い力で払われて蒼の体は後ろに吹き飛んだ。箪笥に思い切り背中を打ちつけて蒼は痛みで動けなくなる。 「当麻!お前なあ!!」 父が早足で近づいてきてゲームの電源を切って当麻の頬を思い切り平手で殴った。今度は当麻の体が勢いよく吹き飛ぶ。 「これはお前だけのものじゃねえよ!俺の金で買ったんだ!お前こそ勝手に使ってんじゃねえ!」 父はテーブルを蹴って大声を張り上げた。殴られた当麻は顔をおさえてうずくまったまま動かない。 「…と、当麻……」 怒りがみなぎる大人が怖かったが、蒼は這うように移動して当麻に近づこうとすると父の足が遮った。 「ほっとけ。躾けだ。あいつが悪いんだから謝るまで許さない」 蒼は父の言葉を無視して立ち上がり当麻のそばまで行ってしゃがみ込む。殴られた頬を抑えている当麻の小さな手をゆっくり取ると、真っ赤に腫れた頬が見えた。 「ひどい…」 たかがゲームでここまで殴られる筋合いはない。しかも幼い兄弟のいざこざに大人が本気で殴り込んでくるなんて。 「ごめん…ごめんね当麻」 蒼は丸くうずくまる当麻の体を包み込むように抱いて泣き出す。面倒くさくなったのか父は軽く舌打ちしてアパートを出ていってしまった。 たとえ当麻が賢くても、兄弟はまだ5歳程度の何もできない子どもだった。 「当麻…ねえ当麻…、起きてよ。僕をひとりにしないで…っ」 縋り付いてくる弟をふり払う余力がもうなかったのか、目を開けたまま当麻は黙ったまま何も言わなかった。 「…お母さん元気かなあ……」 どれくらい時間がたったのか、しばらくして唐突に当麻は母のことを呟いて起き上がった。 「大丈夫…?痛くない?」 「俺たちを捨てて幸せになったのかな」 「…そうなの?」 「引き取らなかったってことはそういうコトだろ」 「わかんない…わかんないよ。僕は当麻みたいに頭よくないし、こんな時どうすれば…ねえどうしたらいいの?」 「蒼は父さんに可愛がられてろ。俺には出来ないけど」 「あんなお父さんイヤだよ…」 そんなことを話していると玄関が開く音がして父が騒がしく戻ってきた。 「ただいま。悪かったな当麻。まだ痛いか?病院行く?」 こんな時どんな顔をすればいいんだろう。 白々しい空気が漂う中、蒼も当麻もうつろな目をしたまま父親のほうを見なかった。
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