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急いで着替えて店を出ると、階段に座り水を吸って重いパーカーを脱いで絞っている当麻がいた。
インナーは白いTシャツ1枚で雨にも濡れているしいかにも寒そうだった。
何か羽織るものがなかったか店のクローゼットの中を思い出していた時当麻が話しかけてきた。
「蒼の家って遠いの?」
「…もう終電が…」
「俺んちも遠いしな。帰るのもだるいし」
こんな時どうしたらいいのだろうとおろおろしていると当麻は誰かに電話をかけながら蒼をチラリと見た。
「OK。おいで蒼」
当麻は強引に蒼の手を取って階段を登りビルの外に出た。
いつの間にか雨は止んでいてふたりは手をつないで歩道を歩く。その先に派手なアメ車が停まっていて蒼は強引に後部座席に押し込まれて隣に当麻が乗り込む。運転席には髪の長い女性がいて、何も言わずに車は滑り出した。
どこに行くのだろう。はじめは不安だったが当麻がずっと手を握ってくれていたおかげで安心できた。何があっても当麻と一緒なら大丈夫。幼い頃の根拠のない自信を取り戻して蒼は大人しく座っていた。
窓の外を見ているとどんどん街から離れていく。やがて海に近い倉庫に車が止まった。
「ここ、どこ?」
「俺の家。芽依ありがとな」
運転席の女性はくすりと笑って去っていく。どこかで見たような気がしたが当麻に手を引っ張られておぼつかない足取りで階段を登った。
「どうぞ」
部屋の中に案内されると、広い空間が目前にあった。
少し散らかっているけど真ん中に大きなソファがあり、一段上のフロアに大きなベッドがある。
広いせいが寒さが足元から襲ってきて蒼は身震いした。
呆然と立ちすくんでいるうちに当麻はお風呂に湯をためていた。「入るぞ」と言われて我に返って靴を脱いで上がる。
「部屋が温まるより風呂入ったほうが早い。昔よく一緒に入ってただろ?懐かしいな」
濡れた服を全部脱いで洗濯機に放り込みさっさと浴室に入っていく。幼い頃と違ってたくましい筋肉質の体に成長していた当麻の体を見て、貧弱な自分が恥ずかしくなって服を脱ぐのをためらった。
「どうした?」
反響した当麻の声が蒼を呼ぶ。兄弟なんだから恥ずかしがる事なんてないと思って服を脱ぎ、浴室に足を踏み入れると、乳白色の入浴剤を入れて湯につかっている当麻がいた。
当麻の隣に座って体を温かいお湯に沈めると、ようやく安堵感が全身に広がって蒼は無意識に当麻の肩に頭を乗せていた。
「疲れたな」
「…うん」
いろいろあった。
他人から見ればどうでもいい事かもしれないが、僕たち兄弟はやっと再会出来て今までの空白をようやく埋める機会を持てたところだ。それなのにいざとなると言葉が出ない。
いつもはふわりとしている髪も、湿気を吸ってさらに雨にも濡れたからボリュームを失って首筋にへばりついている。当麻と似たような髪型になるとやっぱり似ているなあと思って嬉しくなった。
でもそんな事いちいち口にはしない。
何かを話しだしたら、当麻から感じる血の臭いの原因を詳しく聞かなければならなくなるし、当麻も語りはしないだろう。
どうでもいいよ、僕たち以外の人間は敵なんだ。
そんな事を考えていると当麻は湯船から上がって体を洗い始めた。
自分と違って男らしい体がうらやましくて、蒼は浴槽の縁に両腕をついてじっと兄の体を眺める。
「何だよじろじろ見て。恥ずかしいな」
視線に気がついて当麻が不思議そうに蒼に聞いた。
「…当麻はかっこいいね」
丸みを帯びてどちらかというと女性っぽい体の蒼は、理想の肉体を持っている当麻がうらやましくて仕方ない。
蒼の呟きに、はじめは意味がわからないという顔で眺めていたが、弟のコンプレックスに気がついて近づいてきた。
「蒼はかわいい。そのままでいてよ」
縁についている顎を指で持ち上げて、当麻は弟の唇を奪った。
父にされた時と違って全然吐き気がしない。むしろ気持ちよくなって当麻の首に腕を回して自分からもっと刺激を求めて貪った。
ちゅ、と音を立てて唇を放すと蕩けた顔の蒼がいる。
父親に玩具にされた事はトラウマになっていないのだろうか。
「当麻が欲しいの…」
当麻の葛藤を、かわいい弟は一瞬で壊した。
「親父と同じ過ちを犯さないように心に誓ったんだ。俺を惑わすな」
目をそらせて己の中の欲望と葛藤している当麻を、その体をさらすことで蒼は本能を刺激する。
「…当麻」
「お前ずるいよ……、そんな顔で俺を見るな」
「どんな顔?」
当麻は小さくため息をついて、改めて強い視線で蒼を睨んだ。
「犯してくれって顔だよ」
そう言って当麻はうなだれる。
「警察の包囲網をいつまでもかいくぐれるなんて思ってないよ。当麻と会えるのは今日で最後かもしれない。だから僕は正直に自分の気持ちをぶつけるんだ。お父さんや当麻みたいにごまかして逃げないよ!僕はね…っ…」
心の中にある全ての感情を吐き出そうとする蒼を途中で止めて、当麻はその体を抱き上げて浴室を出た。
「後で泣いてもしらねえぞ」
大きなベッドに弟を放り投げて当麻はその上にのしかかった。
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