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1. 劇場
男は五人の天狗に囲まれていた。
「これを被れば、お前も救われる」
天狗の一人はそう言うと、男へ天狗のお面を差し出す。
膝をついた男は、天狗の顔と差し出されたお面を交互に眺めていたが、遂に観念した様子で俯く。
直後、落雷の効果音と共に舞台は暗転し、劇場は静けさに包まれる。
その暗闇の中で、俺は大きな欠伸をした。
大学の友人から半ば強引に買わされたチケットでわざわざ足を運んだ舞台だったが、ネズミ花火のように燃え尽きていく金と時間が惜しかった。とはいえ、友人には、合コンのセッティングとかで世話になっていたので、その謝礼と思えばトントンなのかもしれない。
そんなことを考えながら、客席を見渡す。
女性の姿が目立つのは、この劇団がイケメン大学生の多数参加する劇団として知られているからだろう。
事実、チケットを買わせた友人もかなりのイケメンで、そいつがセッティングした合コンに参加する女性のレベルはかなり高かった。
俺が合コンに参加するのは、男の方にドタキャンが出た時だけだったが、それでも、他の男性陣の引き立て役として参加していれば、結構イイこともあったりする。
それにしても、転換にえらく時間が掛かっていた。
俺は舞台に目を戻す。
天狗がいた。
いや、正確に言うと、暗闇に巨大な天狗の影が浮かんでいるのが一瞬見えた。
最初は錯覚かと思った。けれども、その直後に全身を駆け巡った悪寒がそれを否定する。
席を立った俺は、客席の間を急ぎ足で抜けていく。
暗闇でよく見えないが、他の客が怪訝な表情でこちらを見ているのがわかる。
鞄か何かを蹴飛ばし、「ちょっと」と声を漏らす女性に、「すいません」とだけ謝り、そのまま近くの出口から外へ出た。
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