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束の間、周囲の音が消える。
自らの荒い呼吸だけが体内で響き、後頭部で動悸を感じる。
自分という存在が、悶える石ころにでもなったかのような感覚の後、「一体どうなっているんだ」という思考が頭の中を渦巻き、それから、周囲の音が少しずつ還ってきた。
無数の会話と足音、近くの街頭モニタから流れる音楽に目を開き、避けるようにしながら歩いていく人々の間で、ゆっくりと身体を起こす。
力の入らない感覚は変わらなかったが、それでも、さっきよりかは幾分マシになっていた。
そのまま座り込んだままでいると、「大丈夫ですか?」と女性が声をかけてきた。
恐る恐る女性を見上げる。今度は、その顔がはっきりと見えた。
返事をしようと口を開く。けれども、言葉のビーズは全てこぼれてしまったのか、一言の言葉も出てこない。
喉に手を当てた俺は、口をパクパクさせ、言葉を探す。
その姿を見た女性は、怯えた様子で後ずさっていくと、「よかった、大丈夫なのね」と口にし、目を伏せたまま離れていった。
ようやく立ち上がり、肩で息をしながら周囲を確かめる。
アイツはどこだ?――気にしていたのはそのことだった。
すぐに右の方から気配がした。
それは隠しても隠しきれない強烈な臭気だった。けれども、自分以外の誰もその臭いに気づいている様子はない。
再び駆け出す。不思議なことに、身体はさらに軽くなっていた。
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