2. 繁華街

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2. 繁華街

 土曜の夜の駅前広場は若い男女でごった返していて、雑ざり合ったお喋りが一つの雑音となって溢れていた。  その中央で、スーツ姿の若い男女の一団が「お疲れ様です」と広場を行き交う人々にお辞儀をしている。  不思議に思いながらも、駅に向かうためその前を通り過ぎる。すると、今度は「イッチ、ニッ」という掛け声と共に、一団は屈伸運動を始めた。  違和感しかない光景に、思わず足を止める。  けれども、当の本人達は、額に汗を浮かべながら決して手を抜くことなく屈伸運動を繰り返していて、その後、休めの姿勢を取ったかと思えば、今度は大声で社訓らしき言葉を唱和し始めた。  その様子を、ニタニタとした薄笑いを浮かべながら、ハンディカメラで撮影する男性を見て、これが社員研修か何かだと察しがついたが、ただ恥辱を与えようとするだけの行為に、違和感は嫌悪感へと変わった。  だとしても、俺には関係のない話だった。  再び歩き出し、改札口へと向かいながら、ハーフパンツの後ろポケットに手をやる。  財布はなかった。  そんなはずはないと、もう一度触れてみるがやはりない。  それから気づいた。前のポケットに入れていた携帯電話もないことに。  落としたのか、と思うが、財布はまだしも、携帯電話まで落とすことなど考えられなかった。  それでも、失いものはない。  運転免許証、健康保険証、キャッシュカードにクレジットカード、そして、僅かばかりの現金とICカード――失ったものが頭を過ぎり、クソと吐き捨てる。
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