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仕方なく、アパートの方角へと身体を向ける。が、直後、再びの悪寒に襲われる。
背後にいたはずのアイツが、正面から向かってきていた。
後ろを振り返る。同じ気配が風となって吹いてくる。
訳がわからず、隣接するデパートへ駆け込む。
閉店間際で客もまばらな化粧品売り場は、ただでさえ眩しすぎる照明が白い大理石に反射し、普段よりも一層眩しい。
何より、フロア全体に漂う甘い香り――明るい地獄を走っている気分だった。
エスカレーターを駆け下り、地階へ向かう。
今度は、食料品売り場から漂ってくる人工的な生ものの臭いが鼻を刺した。
エスカレーターを下りた所でターンし、惣菜コーナーを行き交う人々の間を駆け抜ける。
人々の驚異の表情が目に映る。
それもそうだった。
今の俺とここにいる人達の間では、流れている時間が違っていた。
人々が生きているのは食卓という明るい未来。
一方、俺が生きているのは、とにかくあの影達から逃げなければならないという現在。
甘いものから辛いもの、冷たいものから熱いもの、和のものから洋のものまで、全てが交ざり合った猥雑な空間を走り抜け、地下道へと繋がる短い階段を駆け下りた所で、改めて左右を確認する。
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