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「篠崎さん!」
「乗れ。駅まで送ってやるよ」
「ありがとうございます」
社用車の後ろには結構荷物が詰め込まれていて、私は自然と助手席へと座った。
車の中ではFMラジオが小さな音で流されている。
国道三号線を一直線に香椎方面へ多々良川を越えて向かう社用車は、迷いなく私の実家のほうへと走っていた。
車が流れに乗ったところで彼は話を切り出した。
「体調は? 夜に霊力ずいぶんと吸われただろ」
「ええと……全く大丈夫です」
「そうか」
一言だけだったが、此方を案じてくれていたのが伝わってくる声音だった。
私は篠崎さんを見やる。
窮屈そうに座席からはみ出したしっぽがラジオから流れる洋楽バラードに合わせて揺れている。無自覚なのだろうか。
もふ欲がむらりと湧き上がってきたところで、それに反応するようにしゅるりと腕に黒い尻尾が絡まってくる。
後部座席から黒猫――夜さんがのぞき込んできていたのに気づいた。
「あひゃあ」
誰も乗っていないと思い込んでいた私は驚く。私の態度に夜さんも耳をピンと立てて驚く。
頭からすっぽりかぶったローブ姿ではなく、彼は真新しい黒いスーツを着ていた。見た目だけは人間と全く変わらない。誠実そうな感じの人に見える。
私たちの様子に篠崎さんが声を立てて笑った。
「気づいてなかったか。さては夜、猫の姿で丸くなってたな」
「はい」
「人の姿で安定するにはまだ霊力が戻り切れていないか。まずは安定しないとだな」
篠崎さんは琥珀色の瞳を私へと向ける。
「夜もあんたのこと心配してたよ。あんたに何かあれば、主を失ってまた野良猫だからな」
こくこくと頷く夜さん。
「へへ、心配してくれるイケメンが二人もいるなんて嬉しいですね。うへへ」
「なんだそりゃ」
夜さんはすっかり顔色も耳の毛並みもつややかで、別猫のように落ち着いた様子だ。
あやかしは主を必要とする存在と、主がいたほうが霊力が安定する存在と、土地を主として生きられる存在、その他いくつかのタイプが存在するらしい。人間も人それぞれ自分にあった暮らしが違う。そういう感じなのだろう。
夜さんはもちろん、主がいる方が落ち着くタイプだ。
「夜さん、これからどうするんですか」
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