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【天神編】10.冴えてるけれど、その契約は『普通』なのか?
一週間後。私は無事にスムーズに退職を済ませ、たっぷりとした有給休暇を使うことができた。すると休みになった途端に疲労性の高熱を出し、ぐったりと一週間寝込むことになってしまった。
家族から随分と心配されたものだ。実家暮らしじゃなかったら大変だった。
「大丈夫? 楓」
母がお粥を持って部屋に入ってきてくれる。私は起き上がり、ありがたく昼食をお盆ごと受け取った。
「いただきます」
はふはふと食べる私をみながら、母が不意に言葉を漏らす。
「辞めてくれてよかった」
働いている間は一度も聞かなかった言葉に私は驚いた。
「お母さんも、そう思ってくれていたの?」
「そりゃあ当然よ。けれど楓が一度決めたことだから、すぐに親が口出しするものではないでしょう?」
湯気と母の優しさで、胸がじんと熱くなる。私は一人で頑張っているような気持ちでいたけれど、ちゃんと家族に見守られていたのだ。
「……ありがとう」
家族のためにも早く元気になって、そして新しい仕事で頑張る姿を見せなきゃ。
気持ちを告げてほっとしたのか、母が興味津々の顔で矢継ぎ早に質問してくる。
「新しい会社はどんなところ? もう終電終わるまで働くようなところじゃないでしょうね? 長く続けられそうなの?」
「大丈夫大丈夫。社長の篠崎さんって方、すごく良い人だから」
色々訊ねたそうな母には笑ってごまかす。嘘をつくのが下手だから、あれこれ突っつかれると普通じゃないことをペラペラと漏らしてしまいそうだ。
「お粥ありがとう。もう少し横になるよ」
「ええ。何も考えずにゆっくりしなさい」
バタン。
「……」
母が部屋を出たところで、私はベッドの布団をめくって覗き込む。
「夜さん、顔出していいよ」
中では黒い饅頭のようになった夜さんが丸くなって眠っている。出てこないからどうやら熟睡しているらしい。
夜さんはなんだかんだで時々窓から私の部屋に入ってきては、一緒に寝たり膝に乗ったりして霊力を充電しにくる。そして去っていく。
美男子に変身できる猫を部屋に入れて良いものなのかなと最初は気にしなくもなかったけれど、疲労と高熱で何も考えられない間に、結局受け入れてしまった。
寝込んでいる私を心配してくれているのかもしれない。
「普通じゃない、っていうのも……悪くないのかな」
丸くなった夜さんの毛並みを撫でながら、私は一人微笑んだ。
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