【天神編】10.冴えてるけれど、その契約は『普通』なのか?

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 有給を使い果たしてたっぷり休んだあと、私は篠崎さんの経営する『福岡あやかし転職サービス』のいち社員として働くことになった。   日曜日の午前中、本格的な入社日の前に一度会社を案内すると言った篠崎さんは、わざわざ私を車で香椎の家まで迎えに来てくれた。  篠崎さんを見た私の両親は、目と口を見開いて呆然としている。 「あらあら……あらやだ、すごいお綺麗な社長さんで…」 「あの……娘は一体、どんな仕事をするのでしょうか……?」  篠崎さんの美貌に、一目で顔を染めてミーハーな顔をする母と、篠崎さんの柄の悪い風貌に緊張感を高める父。  家の前のカーブミラーに映る篠崎さんは黒髪のさっぱりした短髪で、私が直接肉眼で視る篠崎さんは、耳と尻尾が生えた狐色の髪に、ふさふさの尻尾が生えている。不思議だ……。  篠崎さんはよそ行きの笑顔でにこやかに名刺を渡す。 「初めまして。今度から娘さんにお力添えいただきます篠崎と申します」 「あらあら、まあ……」 「なんだ、市町村とも仕事をしているのか」  母は安心し、公務員の父も連携した地方公共団体の名前をみてほっとする。 「じゃあ、行ってきます」 「楓! 頑張るのよ!!!」  母の言葉がなんか違う言葉に聞こえる。車に乗ると、篠崎さんは何か鋭い目をしてじっとしている。気配を探っているような顔だ。 「篠崎さん……?」 「……結界は張ってないし、住居にも全く霊力の気配がかけらもなかった」 「それを調べに来ていたんですね?」  実家までわざわざ来てくれた理由はそこにあるらしい。車は両親の熱心な見送りを背に、都市高へと向かっていく。 「そりゃそうだろ。楓は本当にどう考えても怪しいくらい霊力がだだもれだ。結界や祠が壊れたのならわかるが……」  篠崎さんは私へ目を向け、そして独り言のように呟く。 「まあいい。とりあえず応急処置をすれば良いか」 「応急処置できるんですか?」 「このままじゃいつあやかしに食い殺されても知らねえぞ」 「ヒッ」  車はそのまま都市高の香椎線に入り、博多湾海上で弧を描く環状線を通過して天神北で降り、渡辺通りが貫く天神地区市街地を抜けていく。日曜日の天神は通行量が多く、信号のたびに車は停車する。呑気なとおりゃんせのメロディが流れると、一斉に多くの人々がスクランブル交差点を歩いていく。 「……なんだかすごく久しぶりです。日曜日に天神に出るなんて」 「帰りに飯でも食ってくか? 楓が嫌じゃないなら」  私は篠崎さんを見やる。元々背が高い人なので、いくら足が長くても、日本車の座席だと長い狐耳が天井にくっついてペタリと曲がっていた。可愛い。 「どうして名字じゃなくて名前なんですか?」 「別に楓が猿渡や鈴木って名字ならそっちで呼んでたさ。俺が井戸が嫌いなだけだ」 「井戸が嫌いだから菊井が嫌って、全国の菊井さんに謝ってくださいよ」  篠崎さんは私を無視して車を発車させる。  車は渋滞に遭いながらゆったりしたペースで今泉に入り、細い入り組んだ路地を巧みに抜けて駐車場へと入っていく。
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