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【天神編】11.お狐様社長とキス、そして私の新生活。
「え、」
温かくて湿った、唇の感触。次の瞬間、全身からごっそりと何かが吸い出される感覚がする。唇は触れているだけだ。それなのに、魂全てが、掃除機に吸われるような、ブラックホールに飲み込まれていくような、そんなーー
一瞬意識を失った私は、気がつけば篠崎さんの腕に支えられていた。
「あ………」
篠崎さんの髪も尻尾もいつもの長さに戻り、色も落ち着いた狐色に戻っている。
あれ、夢見てたの?
そう思った瞬間、篠崎さんが己の唇を舐めとって目を眇める。なんとなく、尻尾や耳がキラキラに輝いている。
「ご馳走さん」
「え、あーー」
頭が真っ白になる。そして頬が熱くなるのを感じる。足の力が抜けてこけそうになる私を篠崎さんはさらに捉え、再び顔を近づけてくる。
がぶ、と首筋を甘く噛まれる。
「ヒィッ!?」
首を噛まれただけなのに、全身が痺れる。
なんだか、魂が支配された感じがする。私はうわずった声を戻せないまま、息絶え絶えに尋ねる。
「あ、ああ、あの……これは……」
「応急処置するって言っただろ」
「はあ……」
「霊力をある程度吸い上げた」
噛み跡に唇を寄せ、そして篠崎さんは体を離す。私はへなへなと、ビジネスチェアに座り込んだ。
篠崎さんは平然とした様子で、私の前で唇を拭う。
「そして俺の匂いをつけてやったから、しばらくの間は他の奴らには手を出せねえ」
「匂い、って」
「夜みたいに主従契約を結んで、楓の霊力を吸い上げる方法もある。だが俺はあいにく既に飼われてる身なんでな」
しゅる。篠崎さんがおもむろにネクタイを緩め、襟のボタンを緩める。
「ま、待ってください。刺激が続く、刺激が強い、」
「何考えてんだ」
顔を覆った指の合間から狼狽えた声を出す私に呆れながら、篠崎さんは左胸を私に晒す。そこには淡く紋様が浮かび上がっていた。
「これはかつて、俺が俺の主人と結んだ契約だ。夜と楓みたいな関係だと思ってくれりゃあ、大体合ってる」
「夜さんにも、こういうの刻まれてるんですか?」
「多分な。尻でも見たらついてんじゃねえの?」
「見ませんよ!」
とにかく、と前置きして篠崎さんは続ける。
「簡単に言やぁ……今、楓の霊力を吸い上げることで、1000のだだもれ霊力を10まで落とした。それに加えて俺が印付(マーキング)した。次に霊力が溢れ出すまではしばらく、俺以外の奴は手を出さないだろうさ。手を出しても、俺がわかる」
「なるほど……ですね……?」
ぼぉっと惚けた頭では、理解できたような理解できなかったようなよくわからない。
ええとつまり、夜さんと私は、主従関係。
そして篠崎さんと私は、いわば百舌鳥の早贄状態にされている。
これは俺の餌だとマーキングされている、と。
「じゃあそろそろ帰るか。飯くらいご馳走してやるよ」
妖しい気配を消した篠崎さんはさっさとネクタイを締め直し、オフィスのサッシを閉めてテキパキと帰り支度をする。伸びていた髪も元の長さに戻り、ふわふわの尻尾も元通りだ。
いや。何も元通りなんかじゃない。
「……」
私は立ち上がった。
今私は、大きな問題に直面している。
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