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よくわからない気持ちになったが、私はとりあえず話を合わせて頷いた。篠崎さんが話を続ける。
「あやかしは狭い世界だ。新入りが既存のコミュニティに入っていくのはなかなか難しい。そうなると、こちらで居場所を失ったあやかしは、『此方』では生きていけないと諦めるか、暴れて消されるかだ」
篠崎さんの話が耳に痛いのか、無表情の夜さんの猫耳がパタンと閉じている。彼も恥ずかしいとか、居た堪れないという気持ちが多少あるらしい。
「『此方』に居たいあやかしは、うちにとりあえず頼れる環境を整えているんだ」
「なんだか篠崎さんのお話を伺ってると、ほぼ慈善事業みたいに感じますね」
「まあな」
私の言葉を認めるように、篠崎さんが肩をすくめる。
「福岡は移住者に親身になりたがる、太いパトロンがいるからなんとかなってんだよ。なんとかな」
「太いパトロンですか」
「プロフェッサーM」
「誰ですかその胡散臭い呼び名」
「畏れ多くもその名を呼ぶのが憚られる尊き方、福岡といえば修学旅行生が絶対立ち寄る」
「修学旅行生……?」
「いつか嫌でも会うことになるだろうさ。ーー時間だ、」
篠崎さんは椅子にかけていたジャケットを羽織り、立ち上がった。背が高いので、一気に頭の位置が変わって見上げるのにまだ慣れない。
「俺はこれから出る。何かわからないことがあったら羽犬塚さんに聞いてくれ」
「はい」
「篠崎さん、行ってらっしゃ〜い」
尻尾ふりふり声をかける羽犬塚さんに見送られ、篠崎さんは会社を後にした。革靴の音が階下に降りていくのを聞きながら、私は目があった羽犬塚さんに尋ねる。
「……篠崎さんって、もしかしなくてもすごく面倒見のいい方、ですよね」
「そうよ〜。昔はだいぶん悩んだり困ったりしていた時期もあったけれど、だからこそ他のあやかしの面倒見てやろうって気持ちになるんじゃないのかしら」
羽犬塚さんは書類をトントン、としながら遠い目をして微笑む。
「とっても情が厚い人よ。なにか困りごとがあったらなんでも頼るといいわ」
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