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あやかしの移住をサポートする仕事をしているのに、それだけの有名店のものを知らずにいる自分が恥ずかしくて申し訳なくなる。恐縮する私に彼女は笑いかけた。
「良かったわね。これからお仕事を通して、色んな素敵なものを知る機会があるなんて」
「えっ」
学園都市を抜け、山を縫うように進み、遂に海岸沿いの道にたどり着く。私は海風に吹かれながら、ただただ、清音さんの新鮮な言葉に痺れていた。ハンドルをきりながら彼女が問いかけてくる。
「どうしたの、びっくりした顔しちゃって」
「いえ……前向きな言葉をいただけて、嬉しくて」
清音さんは目を細める。
「だって日帰りで行ける範囲に、未知の出会いにワクワクできるって、とても素敵なことじゃない? 私もそんな気持ちを思い出したくて糸島に移住たの。パスタ、あなたの分も買ってるから」
「えっでも、私がいただくわけには……」
私は慌てる。お客様にご馳走になるなんていいのだろうか。公園の駐車場に車を止めて、彼女は私の唇に指を触れる。
「私が個人的にご馳走したいの。このイタリアン、美味しいから」
「は、はい」
「篠崎さんには内緒ね?」
すごい美女ににっこりと微笑まれてしまっては、何も抵抗できない。
「……は、はい。ありがとうございます」
私が素直に頷くと、彼女は「よし」と歯を見せた。
ーーー
私は清音さんに案内され、浜辺に設営されたイベント会場に向かった。
「ちょうど今朝テレビで見た光景と全く同じですね」
「明日からイベントだからね。大忙しよ」
たくさんの出店の準備をしているスタッフさんは、みんな清音さんのような黒髪ロングヘアの美女だ。お揃いの真っ赤なスタッフTシャツを着ていて、健康的で目に眩しい。
「あ、清音ちゃんお疲れー!」
美女軍団が、清音さんを見てにこやかに手を振る。
私と清音さんはパスタを持って彼女たちの休憩所まで運んだ。
「清音、その子誰? 霊力あるけど人間よね」
「篠崎さんのところの新人さんよ!」
私は荷物を置いて、名刺を準備してペコリと頭を下げた。
「初めまして、あやかし転職サービスの菊井と申します。いつも弊社がお世話になっております」
「ああ、あの若い狐ちゃんのところの子ね」
篠崎さんでも若い狐扱いされるのかと、ちょっと驚く。
そういえば篠崎さんはいくつくらいなのだろう。見た目は20代に見えるけれど。
「みなさん浜姫の方なんですか?」
「ううん。浜姫は清音ちゃんだけ。私たちは磯女よ。知ってる?」
「付け焼き刃で勉強した程度ですが……」
磯女とは九州の海辺に住まうあやかしのことだ。浜姫の清音さんと同じように、みんな女優さんみたいに美しい。海でこんな美女に出会ったら、そりゃあ色々命が危ない。
「まあ、みんな海の女ってことで。よろしくね」
とてもフレンドリーな磯女の皆様は、わいわいと早速長テーブルにパスタを広げ、ランチタイムを開催する。私も一緒に食べさせてもらえることになった。
もっちもちの太麺に真っ赤なトマトソースが絡んだパスタと、とろとろチーズの香りが芳醇なパスタ。二種類をみんなで取り分けていただく。
「わ、美味しい……」
思わず口元を押さえてもぐもぐと味わう私をみて彼女たちは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「でしょ?」
「糸島の野菜やチーズを使っているのよ。土地の食材だから美味しいし霊力も満ちるから、いつも助かってるのよね」
糸島は特に「食」にまつわるブランド戦略が発達した土地だ。あまり物事に詳しくない私でも、糸島産の乳製品や卵や食材といった様々な美味しいものが、「糸島産」として取り上げられているのをレストランやスーパーで見たことがある。両親も時々食材を買いに車を走らせている。
「テイクアウトじゃなかったら、カトラリーも選んで食べられるお店なのよ。地元で作られた器でね」
「すごいですね……」
「拘りが強いマスターなのよ。手打ち麺の実演も、最近やり始めたし」
「パスタの手打ち実演なんて初めて聞きますよ」
「でしょ?」
磯女さんは自慢げに笑う。
そんな土地の食材はやはり、あやかしにとっても美味しくて元気が出るものなのだろう。わかる気がする。だって美味しいもん……。
「ほら菊井ちゃん、パンもあるから食べて」
「あ、ありがとうございます」
「菊井ちゃんそこの布巾とって」
「はい」
美女集団のみなさんは当然のように私を輪に入れてくれる。
こんな楽しいランチは久しぶりで、私は自分でも驚くほど感激していた。
前の会社の時、昼食は一人もしくは社長や主任の毒舌を浴びながらの食事だった。
学生時代も中高はぼっち。大学ではぼっちにならないように、一生懸命「普通の女子大生」をやろうとして気疲れして、こんな楽しいランチにはならなかった。
うう。ちょっと泣きそう。
「ところで菊井さん、どうして篠崎さんの会社に入社したの?」
「ええと、色々ありまして……」
ごく普通の昼食会は和やかに進行していく。
彼女たちから私はあれこれと質問責めに遭いつつも、楽しくパスタランチを楽しんだ。海風が心地よい。
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