【糸島編】6.私たちの、そういう『契約』。

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 翌日。私と篠崎さんは赤坂駅近くに停車して雫紅(しずく)さんと合流した。  私が糸島に向かった時も地下鉄を使ったように、雫紅さんの住まう場所からは筑肥線と地下鉄を乗り継いて天神地区に出てくることになる。 「今日はよろしくお願いします」  ペコリ。頭を下げる彼女は今日は、メガネにマスクに、髪をすっぽりと覆うような帽子までかぶっている。 「すごい重装備ですね……」  雫紅さんと二人で後部座席に座っていると、ハンドルを握った篠崎さんが答える。 「磯女は強く意識して霊力を抑えておかないと、人間の男を無意識に惑わせるからな」  篠崎さんの言葉に雫紅さんはうなずく。 「他の磯女は人に慣れているので、調節が上手なんですが……私は…あまり、海から出たことがないので……でも、そんな私でも大丈夫ですか?」 「大丈夫です。昨日お仕事を探しておきました。女性が多い職場、社外に出なくてもいいお仕事、シフトの時間帯によって人混みから逃れられるお仕事など、いくつかあります」  見繕っておいたものを印刷しておいたものを彼女に、私もタブレットを出す。そこには求人内容と、その職場の雰囲気がわかる写真などがある。  じっくりとその情報を読みとろうとする彼女の視線は真剣だった。  私は彼女の横顔を見つめながら思う。  雫紅さんは静かで内向的な感じの方だけれど、仕事をしたいという気持ちはとても強い。    彼女の意見が曖昧なのは、単純に情報が少ないから。  そして、まだ外で働いた成功体験がないから、不安なだけなのと思う。 「雫紅さんが気になったところ、ありますか?」 「そうですね……男の人があまりいないところが……安心です」  彼女が示したのはコールセンターだった。  服装も自由なので、雫紅さんが安心できる装いで始められるからハードルが低いだろう。最初の三ヶ月は試用期間だけど、その間も借上社宅に住むことができるらしい。一人暮らしをしたい彼女にとってはぴったりだと思った。 「それでは、そこからまず回ってみましょう! 他にも似た条件のところピックアップしますね」  他にいくつか彼女が興味を示したところを優先的に、私はタブレットでルートを作って篠崎さんに渡す。車が、ゆっくりと流れるように国体道路へと進んでいった。
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