【中洲編】1.拝啓、前職場より。

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 ーー夜。  空が暗くなり始めた、中洲近辺のオフィス街にて。  一人の女がハイヒールを高らかに鳴らしながら、耳にスマートフォンをあて、顔を真っ赤にして押し黙っていた。  彼女の耳に響く怒声は父親の声。  親戚の会社を辞めたのがすぐに実家にばれ、父の電話で罵倒される羽目になったのだ。 「お前のような出来損ないが働けるところを見繕ってやったのに、恩を仇で返すつもりか!」 「しょうがないじゃない! お父さんだってあの会社を見たらふざけんなって思うはずよ!」 「外で働けないのならこっちに戻ってこい。お前の見合い相手も」 「嫌! 私は福岡にいるわよ。絶対帰らない。そっちで妹と一緒に惨めに暮らすなんてまっぴらよ!」 「お前、」  ぷつ。  女は電話を切るとスマホを鞄の底に叩きつけるように押し込んだ。 「ふざけないで。……私は、こんな所で燻るような女じゃないのに。こんな……」  遠く離れた故郷を思い出すと、叫び出しそうになる。  故郷で才能を認められなかった悔しさ。  人とは違う「特別」でありながら、上手くいかない悔しさ。     苛立った彼女の視線の向こうに、猫の尻尾が飛び出した、派手な女が目に留まる。  派手な女は未就学児ほどの子供と手を繋ぎ、中洲の方向へと向かっている。 「あやかしの癖に、この街に馴染んじゃって……」  苛立つ女の手のひらの中でーーしゅる、と水が飛び出した。
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