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ーー夜。
空が暗くなり始めた、中洲近辺のオフィス街にて。
一人の女がハイヒールを高らかに鳴らしながら、耳にスマートフォンをあて、顔を真っ赤にして押し黙っていた。
彼女の耳に響く怒声は父親の声。
親戚の会社を辞めたのがすぐに実家にばれ、父の電話で罵倒される羽目になったのだ。
「お前のような出来損ないが働けるところを見繕ってやったのに、恩を仇で返すつもりか!」
「しょうがないじゃない! お父さんだってあの会社を見たらふざけんなって思うはずよ!」
「外で働けないのならこっちに戻ってこい。お前の見合い相手も」
「嫌! 私は福岡にいるわよ。絶対帰らない。そっちで妹と一緒に惨めに暮らすなんてまっぴらよ!」
「お前、」
ぷつ。
女は電話を切るとスマホを鞄の底に叩きつけるように押し込んだ。
「ふざけないで。……私は、こんな所で燻るような女じゃないのに。こんな……」
遠く離れた故郷を思い出すと、叫び出しそうになる。
故郷で才能を認められなかった悔しさ。
人とは違う「特別」でありながら、上手くいかない悔しさ。
苛立った彼女の視線の向こうに、猫の尻尾が飛び出した、派手な女が目に留まる。
派手な女は未就学児ほどの子供と手を繋ぎ、中洲の方向へと向かっている。
「あやかしの癖に、この街に馴染んじゃって……」
苛立つ女の手のひらの中でーーしゅる、と水が飛び出した。
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