僕の選択

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僕の選択

 夜の街が好きだ。 昼間とは違った静かな街。 誰もいない丘の上から街を見下ろすと、この世の中に自分だけしかいないような気がしてくる。 いつからだろう、 寝付きが悪くなったのは。 眠れないからと外に出て、初めて丘に登った時のあの感動を僕は忘れない。 星空の下で、街を見下ろす。 暗いから怖いとか、そんなことは微塵も思わず、ただたまに吹く風邪が心地よかった。 そして彼女に会った。 彼女は空を見上げていた。 いつもの僕なら声をかける勇気なんてなかった。 変質者扱いを受けるのも嫌だったし。 でもいつもと違う状況に、僕は少し大胆になっていた。 何をしているのか問う僕に、彼女は言った。 「眠れなくて、星を見ていたの」 「僕も」 「またここへ来る?」 「うん」 僕達は毎晩会って、色んな話をした。 彼女の母親は、再婚するらしい。 そしてその相手には、子供がいる。 「新しいお父さんが嫌なんじゃないの。 お母さんは私の気持ちの整理がつくまで待つって言ってくれてる。 でも、こんなことを急に言われてもどうしたらいいかわからない……」 そう言って、彼女は寂しそうに微笑んだ。 次の日、彼女は暗い顔をしていた。 「お母さん、赤ちゃんができたんだって。 だからすぐに結婚するって言われたの。 気持ちの整理なんてついてないのに……」 それから2週間、彼女と会うことはなかった。 もう会えないのかもしれない。 そう思うと、余計に彼女への想いが募った。 「久しぶりだね」 会えた喜びからなのか、安堵感からなのか、 久しぶりに会う彼女はきれいだった。 いや、僕が彼女を好きになってしまっていたんだ。 「新しいお父さんになる人…、赤ちゃんの父親は自分じゃないって言ってるの。 それでお母さんが体調を崩しちゃって……」 そう言って目をこする。 泣いているのかもしれない。 「最低な奴だな」 「…うん」 「そんな奴、やめたらいいのに」 「でも、赤ちゃんがいるんだよ…。 お母さん、赤ちゃん育てられないから堕ろすことも考えるって…」 僕は腹を立てていた。 彼女を泣かせるなんて。 僕に彼女を癒してあげることなんてできない。 ても、せめて何か…… 家に帰った僕は通帳を持ち出した。 そして次の日の夜、それを彼女に渡す。 「受け取って欲しい」 彼女は何度もそれを断った。 でももう決めたんだ。 無理やりそれを彼女に押し付ける。 「どんな選択をするにしても、無駄になるものじゃないから」 彼女は僕にキスをして、静かに帰って行った。 「ありがとう。またね」 家に帰ると、珍しく父が帰っていた。 「どこに行ってたんだ?」 「別に……」 「あんまり遅くに出歩くなよ。 あとお前に話しておかないといけないことがある」 「何?」 「明日警察に行ってくる」 「は?」 父の話が進むにつれて、嫌な汗が背中を伝う。 「会社で色々あってな。 仕事先で会った女がいるんだが……再婚だの赤ん坊だの訳のわからないことを言ってくる」 再婚?赤ん坊⁇ 「その女の娘も変な奴で、会社まで押しかけてきて俺を再婚相手として認められないとか、赤ん坊の父親が俺だとか騒がれた」 …………。 「だから通報した。 あいつら有名な詐欺師だった。 目をつけたら金を出すまでつきまとわれるらしい。 俺は被害がなくてラッキーだった。 まさかお前の所には現れないと思うが、気をつけろよ」
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