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<1・武実>
このクラスには魔女がいる。
そう聞いたら、普通の人はなんて思うだろうか。何かの例えと思うのか、それとも中学一年生なのに厨二病はちょっと早いでしょと思うのか。楢ヶ谷中一年一組、佐倉楓助もきっと、自分が第三者であったなら同じ感想を持ったことだろう。
残念ながら、当事者として言わせて貰うならば、それは何かの例えでもなければ厨二病的幻想でもなんでもないのだ。
自分達のクラスには、魔女がいる。
得体が知れない、誰にもその正体を掴めない、気味の悪い存在が。
「おい、またなのか」
登校してきて早々、楓助は呻く羽目になった。明らかにみんながざわついている。始業よりだいぶ早く来たつもりだったが、みんなも同じことを警戒してかいつも以上に早く学校に来ていたということらしい。クラスの入口付近に、人だかりができている。また“魔女”が出たのだとすぐに分かった。ちょっと失礼、と人ゴミをかき分けて教室に踏み込んだ楓助は、そのまま声を張り上げることになる。
「ちょ……武実!?」
教室の後ろの黒板の前。びしょびしょに濡れた教科書の山が積み上げられている。名前部分の文字は滲んでいたが、それでも辛うじて“美作武実”の名前が読み取れた。その教科書の持ち主であろう武実少年は、その場で呆然と立ち尽くしている状態である。
「あ、楓助……」
彼は数秒遅れて楓助に気づいたらしく、青ざめた顔で振り返った。そして、その手に一枚のカードのようなものを持ち、楓助に見せてくる。
「今日は僕、だったみたい。どうしよう……数学も古文も、今日授業あるのに」
「教科書は俺が見せてやるよ。それよりもこれ、先生に言わないと。片づけるのは一緒にやるし」
「さっき、小島さんが職員室に行ってくれたから、大丈夫だと思うけど……」
ああどうしよう、という声には覇気など欠片もない。彼に見せられたポストカードのようなものには、案の定メッセージが記されていた。
『水遊びはお好きですか。
魔女』
――ざっけんな!水遊びがしたいなら一人で勝手にやってろ、ボケが!
印刷された文字なので、書いた人間の筆跡もわからない。
確かなことは一つ。今日もまた、当然のように犠牲者がでてしまったということだけだ。
このクラスには、魔女がいる。
魔女は毎日、クラスで騒ぎを起こし、あるいは誰かの私物を壊したり怪我をさせたりする。その正体は、誰にもわからない。ただ毎日、今日は自分が酷い目に遭わされるのではないかとみんながどこかで怯えている状態なのだ。
姿が見えない、いじめの加害者。
今日の標的は楓助の友人、美作武実。
自分ではなかったことに誰もがどこかでほっとして、それに罪悪感を覚えて過ごす。このクラスは、明らかにどこかが歪んでいた。
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