<3・小鳥>

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 先に帰っていていいと言ったのに、武実は律儀にも下駄箱で靴を履いて待っていてくれた。何か、とても異様なものを見てしまったような気がする。本当は何もかもぶちまけてしまいたくて仕方なかったが、下手なことを言えばますます冴子にあらぬ疑いがかかりそうでそれも嫌だった。彼女のことは伏せたまま、あのさ、と楓助はまだどくどくしている心臓を落ち着かせようとしながら口にする。 「そ、その。武実って俺より頭いいし、物知りだと思ってるから訊くんだけど」 「え、何?藪から棒に」 「教室の窓から、グラウンドの向こうに山が見えるじゃん?なんかその山の中に、ぽつんって白くて大きな建物立ってるの見えるじゃん?あれ、病院らしいって話聞いたんだけど、なんの病院か知ってる?」  すると、武実はやや渋い顔になった。その顔だけで、嫌な予感が的中したことを知る。 「……近くまで行ったこともないから、あくまで人づてに聞いた話だけど。あれ、心を病んだ人の病院らしいよ。それも、相当ヤバい類の。外に出したら人に危害を加えるとか、すぐ自殺しそうになったりとか、そういうレベルの人を入れておくところだって。……ていうか、随分昔からある病院なんだけど、まだやってるんだ。廃墟かもとか思ってたのに」  聴いたことはある。本当の本当に、現実とそうでないものの見分けがつくかなくなってしまって、“自衛のために”人を殺そうとしてしまう人とか。少し目を離すとすぐ自殺しようとしてしまう人だとか。そういう人達を治療する場所があるらしい、ということは。ただし、昔は治療というより、隔離という意味が強かったようだが。下手をしたら病院にさえ入れず、家の恥として地下牢に押し込めておく時代もあったと聞いている。田舎なら、わりと最近までそういうことがあってもおかしくはないのかもしれない。  が、今は令和の時代だ。治療もせず、閉じ込めておくだけの施設なんてまず存在しない、と信じたい。冴子だって、己の母親は“病気を治すために”そこに入ったと言っていたのだから。 「何でそんなこと気になったの、楓助。オバケでも見たとか?」 「あ、いや……」  なんて言うべきなのだろう。楓助はやや視線をさまよわせた後、かろうじて答えたのだった。 「……うん、まあ。そうかもしれない」  本当のオバケは、いわゆる幽霊というものではないかもしれないけれど。  心の中で、そう追記しながら。
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