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<4・冴子>
授業中、楓助はじっと考える。
冴子が魔女かもしれない。うっすらぼんやりとそう疑う声はあっても、今まで確定的な証拠は一つもなかった。だからみんな、彼女に畏怖の念はあれ、表向きは普通に接してきたのだろう。だが。
――昨日の放課後、例のトイレから彼女が出てきた、って。
小鳥が嘘を言っているようには見えなかった。ただ、トイレに監禁されていた少女二人は錯乱状態で、いつからそこにいたのか明確な時間がわかっていない状態である(そもそも彼女達が閉じ込められていたトイレは四階の東端なので、利用者そのものが最も少ない位置なのだ)。もっと言えば、冴子がトイレを利用したのが監禁事件より前だった可能性もある。なんといっても、小鳥は“怖くなって”結局そのまま逃げてしまい、トイレは結局あきらめたという話なのだから。その時既に監禁事件が起きていた、なんて誰にもわからないのだ。
ただ、何事もなければ文芸部(部室は三回の西端)の冴子が、四階に行く用事があったとも思えない。何故わざわざ四階のトイレを利用していたのか?に関しては気になるのもまた事実である。彼女を疑っていた小鳥の証言を鵜呑みにするのもどうかとは思うが、さすがの楓助も疑問を抱かずにはいられない状況であったのだ。
荷物を運んでいる男子に声をかけて、助けてくれるような優しい少女だ。確かに少しミステリアスだし、不穏な言動があったのも否定はしないけれどそれだけである。そんな彼女が、魔女を名乗ってクラスのみんなに嫌がらせをしたり、クラスメートの手に釘を打ちつけて監禁するなんて惨い真似をするとは思えない。
――確かめてみるしかない。
ちらり、と英語の授業で、朗々と英文を読む冴子を見る。担任の篠田先生(中年の、愛嬌のある女性の先生だ)が、凄く綺麗な発音だと褒めていた。ひょっとしたら海外にいたこともあったのかもしれない、と思う。なるほど、冴子の発音は日本人離れしている。
成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗で英語も喋れる。なんとも世の中には完璧超人もいたものだ。それに加えて優しいともなれば、悪意を向けられる対象になるのもわからないではなかった。彼女が魔女かもしれない、という噂がある理由の半分は嫉妬によるものだろう。
ただ実際、彼女はまだ一度も“魔女”の被害に遭ったことがない人間であるのも事実なのだ。もちろん、魔女の被害を幸運にも免れているのは彼女以外にも何人かはいるのだけれど。
――本人に直接訊いてみよう。それでもし、違うって本人がはっきり言ったら……信じることにしよう。
誰かが意味もなく疑われたままでいることが、どうしても許せない。同時に、一刻も早く魔女を見つけて、こんなことはやめさせなければいけない。楓助は放課後、彼女を呼んで話をすることにしたのだった。
己が信じる、正しいことを貫くべし。弱者に寄り添い、助けるべし。そして、間違っていることははっきりと間違っていると伝えるべし。
楓助はそんな、祖父からの教えが、間違っていると思ったことは一度もなかった。これからも、大人になってからも信じ続けるべきものであると。
そう考えていたのだ――その時までは。
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