<4・冴子>

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 ***  運動部系の部活と違って、冴子が所属する文芸部は活動日が一週間に一度しかない。今日は部活が休みの日であること、彼女がどうやら塾などには行っていないらしいことは知っていたので、屋上に呼び出すのはそう難しい事ではなかった。なんだか告白でもするみたいだ、と思うとドキドキしてしまう。実際、初めて見た時から気になる女子だったのは間違いないのだ。――ああ、これが本当にそういう目的だったなら、どれほど幸せだっただろうかと思う。恐ろしく緊張することに、変わりはないのだろうけど。  放課後。屋上に行くと、冴子は既に先に来ていてフェンスの前に立っていた。相変わらずこちらに背を向けて、グラウンドの方――正確にはその向こうにある山と病院を見ているらしい。本当に、彼女の母親はあそこに入院しているのだろうか。そして、母親が死ぬところを見たいなんて心から願っているのだろうか。  世の中には“親ガチャ”なんて言葉が生まれてしまうほど、毒親に悩まされている親が多いのは知っている。それでも、幸いにしてまともな親の元に生まれた楓助には、想像にも限界があるのだ。彼女は父親のことは恨んでいる様子もないし、母親にだけ虐待じみたことをされていたのだろうか。それこそ、死んでほしいと願うくらいに。 「あ、あの」  屋上の風は強い。冴子が黒髪をなびかせながらゆっくり振り返る。青空を背景に、なんとも絵になる姿だった。 「また、病院見てたのか?」  思わず尋ねると、彼女は“そうね”と頷いた。 「その。日暮さんって、そんなにお母さんに死んでほしいのか?お母さんのこと嫌い?母親、なんて読んでるし」 「うーん、嫌いというか」  冴子は困ったようにはにかんで、小首をかしげる。 「一言で言って、邪魔かな。だって、昔からなのよ。あの人のちょっとした我儘で引っ越しばっかりしてきたの。ご近所でトラブルを起こしたり、ちょっとしたことが気に入らなくなったり……私とお父さんはそれに振り回されっぱなし。お父さんはそんなあの人のご機嫌を取るのにいつも必死。あの人がいると私のことなんかちっとも見てくれないし、あの人の機嫌を損ねるのが怖くてちゃんと叱ってもくれない。……だからちゃんと病気認定されて、病院に投げ込まれたって聴いて少しほっとしてるの」 「一緒に暮らさなくて済むから?」 「そう。これで当面は、見知らぬ土地を何度も行き来させられて、退屈な生活ばかりしなくて済むでしょ。でも、病院に入院しても、お父さんの心は相変わらずあの人のもののまま。……だから、早くいなくなって欲しいなって思ってるのよね」  まるで他人事のよう。というか、本当にささやかな楽しみを語るような口調だった。昨日の夕食が美味しかったから、今度は自分でも料理をしてみようと思っているの、くらいの口ぶり。到底、自分を産んだ女性の死を願うそれとは思えず、あまりにもちぐはぐな印象を受けた。  ただ。
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