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彼女はあくまで母親にいなくなって欲しいと願っていると言っているだけ。実際に殺しに行こうとしているわけでもない。それくらいのことは、ひょっとしたら毒親の元に生まれた子どもならぼやくのも珍しいことではないのかもしれなかった。あまり踏み込むべきことでもないのかもしれない、と楓助は強引に話題を切り替えることに決める。自分で振っておいてアレだけれども。
「その、今日呼んだのは別の話なんだけど」
尋ねなければいけないのは、別のことだ。
「単刀直入に訊くんだけど。……日暮さんじゃないよな?魔女は」
「何でそう思うの?」
「昨日、トイレでクラスの女子二人が監禁されて見つかっただろ。放課後にあのトイレからさ、日暮さんが出て来るのを見たって小鳥が言ってたんだ。タイミング的にもちょっと微妙だったし、四階のトイレなんか普通使わないだろ?だから……」
「もう、君は駄目ね」
ぷう、と頬を膨らませる冴子。指摘されたのは意外なことだった。
「そこで、証言者の名前を明かしちゃ駄目じゃない。私が本当の魔女だったら、彼女は報復の対象になるところよ?魔女は、自分の正体を暴こうとする人間に容赦しないんでしょ」
「あ」
しまった。楓助は青ざめる。確かに、今の話で小鳥の名前を出す必要はなかったではないか。何をやっているのか自分。いくら緊張しているとはいえ、ミスがすぎる。
「君のことは、一番最初から見てた。ものすごく正義感が強いタイプでしょ。素敵なご両親に育てられたのね、きっと」
そんな楓助をよそに、冴子は呆れたように笑うばかりである。
「でも、だいぶ詰めが甘いって言われない?本当に正義を実行したいなら、もう少し慎重にならないと。それに、私を魔女だっていうなら、もう少しウラを取って証拠を集めるくらいなことはしないとね。探偵モノのミステリードラマとか見たことある?証拠不十分な段階で、自白してくれる犯人なんかほとんどいないでしょ」
「そ、それは……。で、でも!俺は、はっきり言って日暮さんがそんな悪いことをするような人間に見えないから!」
「見えないから?」
「日暮さんがもし、私は魔女じゃないって言ったら信じようと思って。だから、本人に直接訊くことにしたんだ。日暮さんが言う通り、証拠なんかない。それなのに……おかしいだろ。日暮さんが魔女みたいに、根拠もなく疑う人がいるのは。小鳥だって、多分トイレから出てきたのが日暮さんじゃなかったら気にも留めてなかったんだろうぜ。俺は、根拠とか証拠より、人の言葉を信じたいんだ」
彼女を疑う噂があるというのは、本人の耳にも入っているはずである。いくら美人で大人っぽくて、いつもシャンと背筋を伸ばしているように見えたって、彼女だって中学生の女の子には違いないのだ。無実の罪で疑われたら傷つくのは当たり前である。楓助としては魔女を捕まえたいのと同じくらい、冤罪こそ絶対避けるべきものだという認識だった。痴漢と痴漢冤罪、どっちを先になくすべきかなんて議論にまったく意味がないのと同じ理屈である。どちらもなくさなければいけない。何故その結論ではいけないのだろう。
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