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<5・魔女>
「少し考えれば分かることがたくさんあると思うの」
強い風に靡く、長い長い彼女の黒髪が、別のもののように見えた。
さながらそれは、真っ黒な両翼。あまりにも美しく、あまりにも残酷な人あらざるものの象徴。
「一つ。……警察の動きがやけに鈍い。このクラスの騒動は校長にもとっくに伝わってるはず。勿論、学校の問題ってなかなか警察沙汰にしにくいものだし、今回流石に通報するしかない状況ではあったみたいでしょうけど……学校側、あるいは警察、あるいはその両方に圧力がかかっている疑いがある」
「あ、圧力?」
「政治家とか、それこそ警察組織そのもの、大企業にヤクザ……なんでもいい、好きなものを想像してみて」
そんなこと、考えてみたこともなかった。確かに、この二か月近く、騒動が放置されていたのは奇妙だと思っていた。毎日のように誰かしらがものを壊されたり、教室のものが壊れたりしているのに、何故誰も具体的な解決策が打てないのかと。さすがにここまで続くのは異常でしかないというのに、大人達の動きが遅すぎる。
「一つ。……どうして魔女の正体を突き止めようとした人間は、かたっぱしから早々に察知されて制裁されてきたのか。そして何故、魔女の犯行現場を誰も見ることができないのか。……一番簡単な答えが一つ、あったとは思わない?教室の鍵を開けたり閉めたりするのは誰?」
「!!」
基本的に、魔女の正体を掴もうと画策した生徒たちはみんな同じ行動をしたはずだ。教室にカメラを仕掛けていくか、あるいは教室に誰よりも早く来るなり、あるいは誰よりも遅く残るなりして犯行現場を押さえようとするか。
そういう人間を、最初に見つけるのは誰か。決まっている、戸締りを担当している、担任の篠田先生だ。ああ、何故気づかなかったのか。鍵を開け閉めする張本人なら――誰より早く、遅く教室にいて事に及ぶことができること。そして、居残って魔女を突き止めようとする人間に気づくのも可能だということに。
「一つ。魔女が事件を起こし始めるのは、四月の授業が始まってすぐじゃない。少しだけ間があった。その数日間に、意味があったとしたら?」
ぞわり、と背筋が泡立つ。数日間の余白。もしや、何かの準備期間だったというのか。
「さらに一つ。……魔女は何故犯行声明のようなものを出したのか。魔女、なんてセンセーショナルな名前よね。まるで、誰かに自分を見つけさせるのを楽しんでいるみたい。……一体“彼女”は誰に見つけて欲しかったのかしら」
「誰にって」
「決まっているじゃない。……悪い犯人を捕まえる“名探偵”で、悪い魔女を捕まえる……“正義の味方”」
バタン、と背後で音がした。ぎょっとして振り返る楓助は見てしまう。いつからそこにいたのか。大きな段ボールのようなものを抱えた少年たちと、ロープのようなものを持った少女達と、一人の女性が並んでいる。自分が気づかないうちに屋上に入って来たのか、それともみんな給水塔や階段の影に隠れていたのか。大きなドアの音は、一人の少女が屋上のドアを閉めて、鍵をかけた音だった。
そう。
昔ながらの友人であるはずの、錦小鳥が。
「一つ。魔女は一度も言っていない……自分が一人だなんてことは」
残念だったわねえ、と冴子は妖艶に微笑んだ。
「これは、最初から君一人を標的にしたゲームだったの。ちゃんと犯人を突き止められたらクリアにしてあげたのに……ゲームオーバーね、佐倉楓助君」
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