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人は、誰しも裏の顔を持っている。
優等生のフリをして、真面目な顔をして、優しい姿を取り繕って。本当はどこかで、この退屈な日常を抜け出したい、刺激的な生活がしたいと思っている。あるいは、自分に理不尽をぶつけてくる連中を殺してやりたい、ストレスを発散させられるくらい暴れてみたいなんて思ったりもする。
ノンストレスを謳う、異世界転生系のライトノベルが人気を博すのはそういう理屈なのだろう。自分ではない自分になりたい、胸の中にたまった黒いどろどろをぶちまけてしまいたい、選ばれた存在になってみたいなんてごくごく普通の願いだ。誰もが二面性を持っているのは、なんらおかしなことではない。どうして自分が、自分だって、自分も、自分こそ。悪いと呼ばれることこそやってみたくなる瞬間は誰にでもある。それはけして、罪ではないのだろう。
そう、願うだけなら。
実際に、実行しなければ。
「あの女のワガママに付き合わされて、振り回されて。それが私は本当にストレスでね。何で自分のことをお父さんは見てくれないのかって、ずっと嫉妬してた。……我儘を言えば、意地悪をすれば、トチ狂ったフリをすればお父さんの気を引ける?みんなに可哀相に思って貰える?ずっとそう思ってた。ねえ、理不尽よね。真面目に一生懸命見ている人間ばかりが貧乏くじばかり引かされて、豊かな財産や家族を持っていつもへらへら笑っている人間や不真面目な人間ばかりがいい思いをするのは」
ぎし、ぎし、と縄が軋む音が聞こえる。
「でね。そういう小さな不満やストレスを抱えているのは、私だけじゃないって気づいたの。みんなどこかで歪みを持ってる。それを、好きなだけ発散させられる瞬間を待ってる。……だから私はゲームをすることにしたの。正義漢で、いかにも探偵役に相応しそうな君。佐倉楓助君、君を標的として。そう、一度も魔女の標的になっていないように見えた君こそ、実はこのゲームの主人公だったというわけ。魔女は私かもしれないって噂もこっちで流したり、いっぱいヒントもあげたんだけどなぁ」
縄が食い込む。痛い。歯を食いしばる。
何でこんなことになっているのだろう、と楓助はぐるぐると頭を回すしかなかった。何故、自分はクラスの全員に屋上で取り囲まれて、全身を縛り上げられているのか。ご丁寧に口枷までされているせいで、声も呻き声くらいしか出せやしない。
「昔から、人の心の隙間に入るのは得意だった。みんな、自分の理解者は欲しいものね。……これはいじめじゃなくて、正義の味方を作るゲーム。そう言ったら、わりとあっさりみんな乗ってくれた。校長先生たちのパワハラに苦しんでた、篠田先生もね。私のお父さん、“ちょっと大きな企業の幹部”だから、少しばかり学校側に口利きするのは難しくなかったというわけ。お父さんも、私がここまでやっているとは思ってないでしょうし、ずっと構ってやれなかった私に負い目があったんでしょうね」
「んんーんんんっ」
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