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何故こんなことになってしまったのか、それは誰にも分からない。こう言ってはなんだが、この楢ヶ谷町の近辺は治安がいいことでも有名である――というか、危機感がなくて暢気すぎる田舎だとでも言えばいいのか。人口もさほど多くはないし、顔見知りというものが非常に多い。田舎の農村と言われて思い浮かべるほど、あたりが田んぼだらけだとかコンビニもないとか、そこまで不便な場所ではないのだけれど。
小学校からの幼馴染として、一緒に公立の楢ヶ谷中学に進学した楓助と武実。同じクラスになれたのは、ラッキーだったとしか言いようがなかった。というのも、楓助は武実と離ればなれになるのが非常に不安だったからだ。それは友達と一緒になれなくて心細いというのではない。武実は自分が助けてやらなければならない存在だ、と思っていたからという理由である。
というのも。武実は中学生になった今でも、小学校低学年と間違えられることもあるほど小柄な少年なのだ。比較的長身で、バスケットボールクラブでで鍛えていることもあって喧嘩も強い武実とは実に対照的だった。気が弱くて、いつもおどおどしてしまう。しっかりと考えてから喋る性格のせいで、根暗であるとも誤解されがち。ことあるごとにクラスではいじめられそうになったりしていたので、そのたびに武実が出て行って助けてやるのがテンプレートと化していたのだ。
「畜生、許せねえ」
臭い匂いはしないので、多分水道の水でもぶっかけただけなのだろう。トイレに突っ込んだわけではないのが唯一の幸いか。それでも武実の数学や古文の教科書はびっしょびしょのブヨブヨで、完全に使い物にならなくなってしまったのは明らかである。教科書を捨てつつ、床掃除をしながら武実はぶつぶつと繰り返した。
「魔女だかなんだか知らねえけど、文句があるってなら直接殴り込みに来いってんだ。正体も隠れてコソコソやる根性が気に入らねえ」
「ありがとう、楓助。もういいよ、あとは僕が一人でやるし……」
「ここまで片づけたんだから最後まで手伝うって。あ、悪いけどそこのゴミ袋一枚取って」
「う、うん……」
他の数人の生徒と一緒に、魔女がやらかした痕跡を片づける。もうほぼ毎日のことなので、みんながその流れに慣れてしまった。なんとか新しい教科書を学校側で提供できないかどうか、先生が校長に掛け合ってくれるらしいとは言っていた。なんせ、まだ学校が始まったばかりの六月である。教科書が駄目になるのは早すぎる。親に高い教科書を買い直せとも言いづらいだろう(というか、学校側としては管理責任を問われても困るというのもあるのだろうが)。
「魔女ってさ、誰なんだろうね」
雑巾を絞りながらそう告げたのは、片づけを手伝ってくれたクラスメートの少女、錦小鳥だった。彼女も楓助、武実と同じ小学校の出身である。中学に入って早々スカートをばっさり切って先生に叱られていたのは記憶に新しい。――高校生ならまだしも、中学でスカートをあそこまで短くしたがる意味はなんだろう。しかも、動きやすいからと下にジャージ履いてたら、お洒落も何もないと思うのだが。
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