4:文学王妃は恋の実話たちの中に、真実の愛を見つけたい

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4:文学王妃は恋の実話たちの中に、真実の愛を見つけたい

 かつては哲学的な詩作にも(はげ)んだ私が、この年になって取り()かるのが、男女の色恋の話だなんて……誰かに、笑われてしまうかしら。  教会の目を恐れて、深遠な思索を(はら)む創作を()けたわけではない。  ただ……何だか、いろいろなことに、(つか)れてしまったのだ。    かつてのサロンの様子を思い出しながら、その時に見聞きした物語を、文章にまとめていく。    とある国の紳士(しんし)が、王様に妻を寝取られた仕返しに、王妃様を寝取った話……。  身の破滅を恐れて愛人を殺害させてしまった、ある女の話……。  弟から聞いた、とある人妻との火遊びの話も……。  あの時は、我が弟ながら(あき)れてしまったものだ。何せ、逢引(あいびき)のための“近道”に教会の敷地(しきち)を通り抜け、帰り道には必ず礼拝堂で懺悔(ざんげ)の祈りを(ささ)げていたと言うのだから。  しかも、それを見た何も知らない聖職者に、これほど敬虔(けいけん)な王は他にいないと、感動されていたのだから……。    筆を走らせながら、知らず笑みが(こぼ)れる。  あぁ、何と罪深き、不道徳な恋の数々なのかしら……。  けれど、こんな背徳(はいとく)的な秘め事ほど、人の興味を()り立てるものはない。    王妃という立場上、宮廷にいる間は、思うように時間が取れない。  執筆(しっぴつ)(もっぱ)ら、城から城への移動の間だ。  乗り物の中では不思議と筆が(はかど)る。  あの話も、この話もと、まとめたい話が次々と(よみがえ)ってくる。    聖職者の中にも愛欲に(おぼ)れて罪を犯す者がいるという(あかし)に、その話も入れておこう。  私に不埒(ふらち)を働きかけた色男の顛末(てんまつ)についても、私と分からぬよう、少し手を加えて入れてしまおう。  一服(いっぷく)清涼剤(せいりょうざい)代わりに、幼馴染(おさななじみ)の恋人同士の純愛も入れよう。想い合った者同士でも、初めての時は恐ろしく、難しいもの。それを何とかやり()げて、幸せになったという話も入れておこう。    筆を進めながら、気づいたことがある。  どうやら私は、相手を決して裏切らない、誠実な愛を求めているらしい。  (みだ)らな恋の話に、胸は(さわ)ぎながらも……結局は、愛欲に流されず、恋人への愛を一途(いちず)(つらぬ)く話が好きらしい。    物心ついた時から、私の周りは不義の恋に満ちていた。  父はもちろん、可愛がっていた弟も、大人になると数多くの貴婦人と関係を持った。  恋とは、心の(たか)ぶりと甘い快楽を(たの)しむためのもの……それが人々の間での“常識”。  けれど、それで本当に人間(ひと)は満たされるのだろうか。    私の知る話の中で、どれほど多くの男女が、愛欲の果てに破滅していったことか……。  愛欲だけで結ばれた関係は、いとも容易(たやす)(こわ)れてしまう。  簡単に裏切り、裏切られる。愛を告げたそのそばから、相手を(おとし)め、傷つけようとする。  その一方で、最期(さいご)の最期まで互いを裏切らず、想いを貫く者たちもいる。  私が本当に心の底から求めているのは、きっと後者の愛だ。    刺激的な恋愛遊戯(ゆうぎ)を、胸を高鳴らせながら書きつつも……その一方で、そればかりが持て(はや)され、心と心で結ばれた誠実な愛が馬鹿にされることを、許せないと感じている。  男と女の関係が、欲望だけの結びつきだなんて……そんなことは(むな)しい。そんなことは(さみ)しい。    ……思いながら、我が身を()り返る。  私は、夫を本当に愛せているかしら。夫は私のことを、愛してくれているかしら。  人の心は、目には見えない。自分のことすら、よく分からない。  人間(ひと)は己の心さえ、簡単に(だま)せてしまうから……。    分からない気持ちを持て余しながら、私は今日も原稿に向かう。  この物語を百話書き上げるまでに、答えは見つかるかしら……。    様々な作家や詩人、学者と交流し、思索を深め……結局、行き着いたのは愛の話だった。  物語とは、本来は他人に読ませるために書くものだ。  けれど私は、もしかしたら……ただ私自身のために、この物語を書いているのかも知れない。  私の知る幾十もの恋の話……それを紙に(したた)め、改めて見つめ直すことで、愛の真実を(あぶ)り出そうとしている。  結局私は、私にとっての理想の愛を、紙の上に探したくて、この物語を書いているのかも知れない。  
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