苦い グラフティ

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 帰宅後、オレはフミさんと上社(かみやしろ)まで来た。  月明かりに薄ぼんやりと照らされた社の扉は閉ざされている。扉の奥に納めてあった拳大(こぶしだい)の猿の形をした山の神のご神体が、今朝には跡形もなくなり、替わりに乱暴に書きなぐったタギングが残されていた。 「皆で探してみたんですが、見つからなかったんです。ほんとに持ち去ってしまったみたいで、ようなんです」 「そうなんだ……」  オレは白い息を吐いた。 「山神は恥ずかしがり屋でねぇ。表には出たがらない。私らとは違って、昔からいるここの土地の者なのよ」  ダウンコートを着こんだ大神さんが、オレの隣で白い溜息を付いた。 「なんで、鏡じゃなくて、猿石の方を持っていったんだろう」  小さいながらも箱に納まった天祖のご神体はキレイな鏡だ。 「多分……なんだが、鏡は誰が見てもここから盗っていったものだと解るが、石はわかりにくいからではないかな」  渋い顔をした鹿島さん。ニット帽を被って、大柄な身体を濃紺のベンチコートに包んでいる。その隣には、お揃いのコートの香取さんが居る。 「ところで、なんじゃ? 社に書いてあった『FUCK』というのはどういう意味か?」  カーキ色のミリタリーコートを着こんだ諏訪さんが首を傾げた。  オレは微妙な顔をして諏訪さんの方を見る。 「言うなれば『和合(わごう)』であるかな?」  神妙な顔で答える香取さんに、諏訪さんは、ほう、と目を開いた。 「『(むつ)み合い』であるか。めでたいな」 「いや、そんな『和やか』な意味では全然無くて……」  オレは頭を掻いた。 「合意は取れてないヤツっていうか、その、一方的な侵害というか……」  一体何の説明をしているんだ、オレは。 「ん? それは『手籠(てご)め』ということか?」 「あー、……まぁ、そんな感じですかね?」 「ほほう……『恥ずかしめてやるぞ』というメッセージなのか? 随分と大胆で威勢がよいの」  大神さんはカラカラと笑った。 「普段大人しいものが、いざというときどのような行動をとるのか、私には想像もつかない。山神を連れて行った者がどのような体験をするのやら」 「え?」  オレは、ゾッとして大神さんを見つめた。  それは「(ばち)が当たる」というやつなのか?
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