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夜の散歩は嫌いじゃない。朝になると訪れる鉛のような身体の重さが嘘のように、頭も身体も軽くてはっきりしている。
でも、これじゃいけないんだよな……。
深く溜息を付いて足を止めた。いつの間にか駅前に来ていた。
母さんは、定時制転籍に賛成してくれた。朝になると布団の中で苦しんでる姿を見ているから、自分で納得できる選択をするというなら応援すると言ってくれた。
ただ、父さんは未だ、この体調を単なる「なまけ病」だと思っている。
気合が足りないからそんなことになるのだ、と。気合で何とかなるんだったら、いくらでも気合を入れたいよ。でも、入れたら入れただけ空回りするんだ。
木曜日は学校にスクールカウンセラーが来る日だったから、相談の電話をしてみた。立ち向かう気持ちが湧いてきたことを評価してもらった。そういう気持ちが出てきたってことは、ちょっとずつでも回復しているんだよ、って。
「お父さんは、お母さんも説得するから」
母さんはそう言って、気分転換しておいで、と笑った。
……ちょっと、足先が冷えてきたな。
目に入ったコンビニに足を踏み入れた。ふわりとしたおでんの香りに包まれる。何を買うわけでもなく、商品棚を一通り眺めたあと、雑誌のコーナーに立った。
春休みのレジャーを特集した旅行雑誌が目に入る。
どこかに出かけたいなんて、そんな浮かれた気持ち、ここしばらく味わったことがないなぁ。
ふと、視界の端で何かが動いた。顔を上げると、ガラス越しに見覚えのあるフードを被った人が横切っていく。
「あ……あいつ」
急いでコンビニを出る。キョロキョロと辺りを見回して、……見つけた。あのバックプリントのロゴに見覚えがある。やっぱり昨夜のあいつだ。見失わないように、駅前を行き交う人に紛れて後をつける。
後をつけながら、あれ? なんでこんなことしてるんだっけ? と頭の片隅で自問する自分が居る。
あいつは夜の神社で何かしてて、こっちの姿を認めたら慌てて逃げた怪しいヤツだ。もしかしたら、町のあちこちに落書きをして回っているヤツかもしれない。
……でも、それって憶測にすぎないよな。単に、こっちが怪しい奴扱いされてるだけって線も……。
そうこうしているうちに、あいつはどんどん人気のない方へと歩いていっている。どうしよう。このままだと、後をつけていることがバレバレになってしまう。
やがて、まるきり吹きさらしの河川敷の土手に出た。と、思ったら不意に姿が消えた。
やばい。見失った? と足を止める。
耳を澄ますと枯れ草をかき分ける音……。
そうか。土手の向こうに下りたんだ。
土手の上に上って、そっと見回すと鉄橋の下に向かって歩いていく背中が見えた。同じルートをたどると、音でバレる。離れた石段まで回り、足音を忍ばせて下まで降りた。
ちょっと距離が開いてしまった。
土手の法面に沿って鉄橋下まで歩いていく。時々、煌々とした明かりと轟音を振り撒いて頭上を電車が通過していった。
遠目に、あいつがポケットから何かを取り出したのが見えた。
盛んに右手を振ってる。
あ……、あの仕草は……。
やっぱり、あいつ……。
あいつが右手を突き出したところで、声をはり上げた。
「こ、こんなとこで落書きすんじゃねぇ!」
自分でもビックリするぐらい大きな声が出た。
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