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「口直しに、あっまーい炭酸を買ってきてください。あと、プリンとカスタードシュークリーム! ハーゲンダッツのバニラアイスでもいいです!」
社の中の落書きを前に、フミさんは鼻息荒く言い放った。
古い木目に書きなぐられたスプレーの塗料を物理的に消し去る術はない。
元通りにするにはフミさんが食べるしかないということだ。
「……メチャクチャ不味いんだろ? それ」
「んなことわかってますっ! でも、このままでいいんですか? 私は嫌です」
「おやまぁ……そんなにひどい味なのかい?」
後ろにひかえている大神さんがオロオロと、オレとフミさんを見比べている。
「気にしないでください。きっと、こういうことのために私はいるんですから」
フミさんは大神さんにキリッとした顔を向けた。
社の外でほかの神社のメンバーが心配そうに覗き込んでる。
早く! とフミさんに急かされて、オレは社を出た。
自転車で来ればよかった。小学校のそばに自販機はあったが、プリンとカスタードシュークリームって言ったら、駅前のコンビニまで行かなければならない。
「必要なら、わしの自転車を貸すぞ」
諏訪さんが申し出てくれて、オレと諏訪さんは下社の社務所まで下りて行った。
「なかなかに健気で愛しい子じゃの」
道すがら、諏訪さんが穏やかな顔で言った。フミさんのこと、だ。
「一緒に居るのだろう? その、……良い仲にはならんのか」
「ンぐっ!」
いきなりのことに変な声が出た。
「そんな……都合よくはいきませんよ」
オレは苦笑いで返した。
いくら面影が見当たらないとはいえフミさんの現身はオレのお袋の若い頃の姿のようだし、紙魚である正体も目撃してしまっている。「人間じゃない」ってはっきり認識しているから、今更そういう気持ちにはならないんだよなぁ。
「周囲には『姉』ってことにしていますから」
「そうか。それは残念じゃな」
諏訪さんは心底がっかりした風に呟いた。
いわゆるママチャリを借りて、社務所の裏の未舗装の細い車道から山中をぐるりと回るように下り、表の通りに出た。さすがにこの時間の住宅街は人気がない。
駅へとこぎ出しながら炭酸は何を買ってこようかと考えを巡らせ始めた。
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