苦い グラフティ

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 さとると母ちゃんたちと一緒に夜道を帰っていると、道の先の曲がり角から誰かが走りでてきた。それはみるみるとこちらに近付いてきて、ぼくらはびっくりして固まった。母ちゃんがぼくの肩を抱いて引き寄せると、そいつはすごい勢いでぼくらとすれ違って走って行った。  母ちゃんにしがみついて、こっそり後姿を目で追うと、そいつはすぐに闇に溶けて見えなくなった。 「あっ! 凌空(りく)兄ちゃん!」  さとるの声に振り返ると、先程の角から息を切らして凌空兄ちゃんが走ってきた。こっちは足がヨロヨロで息がハァハァしている。  「さっき、……フード被ったヤツ、……来たろ? どっち、……行った?」 「あっち……」  ぼくらは道の奥を指したが、この先は路地の多い住宅地だ。どこ行ったかなんてわかりっこない。 「どうしたの?」  凌空兄ちゃんはぼくらより大分前に先に帰ったはず。一体何があったんだろう。 「……怪しい奴が、夜の……神社に入って……いったから」  凌空兄ちゃんはそこで一旦言葉を切って息を整えた。母ちゃんたちといっしょに次の言葉に耳を澄ます。 「追いかけて、神社に上がっていったんだけど……。何せ、暗くてさ、よく解ンなくて。でも、……見つけた時、オレ見て逃げたから、多分、何かしたんじゃないかって」 「兄ちゃん! あいつ、何か持ってた?」  さとるが声を張り上げた。凌空兄ちゃんは頭を掻いてぼやいた。 「……わかんないよ。暗いし、遠いし。見つけた時は、山から降りてきたとこだったとしか……」  さとるは、目を見開いてぼくに振り向いた。 「怪しいよな。もしかすると犯人かも」 「あっ!」  ぼくは、さとるの言いたいことが解った。 「犯人って、何? 探偵ごっこなの?」  母ちゃんがぼくの肩に手を置いて心配そうな顔をした。 「長谷部君も、……こんな夜に軽率に人の後つけたりするのは危ないわよ」  凌空兄ちゃんにもやんわりと注意をしている。 「そうよ。万が一にも、変な人だったら大変よ」  さとるの母ちゃんも、ぼくの母ちゃんに加勢する。  凌空兄ちゃんは口をへの字に曲げてペコッと頭を下げた。  誰かの呼び出し音が鳴った。  凌空兄ちゃんが慌ててポケットを探る。  ポケットから光るスマホを取り出した兄ちゃんは、こちらにペコペコ頭を下げると話ながら歩き去っていった。ごめん、とか、今帰ってるとこ、とか言っているのを聞くに、家の人からかな?  ぼくはもう一度、謎の人が走って行った方向を見た。  明日、さとるといっしょに神社に行ってみよう。
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