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頼みの綱の坂本怜美がいなくなった隆幸は、クレーマーや面倒な客来いと祈りながら接客にあたったが、こう言う時に限ってそのような客は来なかった。
生き延びるために考えた結果、バイト中にわざと接客態度を悪くし客から怒られることで、同時に自分を苛立たせ、なんとかポイントを0にしないようにすることが精一杯だった。
バイトが終わりタイムカードを切る。イカリングを確認すると残り数値は5だ。25分ある。ぎりぎり間に合う。
隆幸は着替えると自転車に飛び乗り、昨日老婆に出会った所までなりふり構わず全力でペダルを漕いだ。
本当にいるのだろうかという不安はあったが今は行くしかない。
すると言葉通り昨日と同じ場所で老婆は同じように蹲っているのが遠くからでも見えた。残り数値は3。
「おい!! 早く外してくれ!!」
まだ少し距離はあるが、自転車に乗ったまま隆幸は大声で叫んだ。その声に気付いた老婆が顔を上げて振り向く。
そのまま全力で自転車を漕ぎ続け、無事に老婆の元へと辿り着いた。
「1日でギブアップか。早かったな」
「時間ねーんだよ! 早くしろ!!」
「今怒ってるから少し回復したんじゃないのか」
そう言われイカリングを確認すると数値はたしかに増えており5になっていた。
「いや、そう言うのもういいから! とにかく外せ!」
「仕方ないな」
老婆は突然頭を抱える素振りをする。いきなり何をするのかと見ていると、髪の毛全体がそのまま取れた。隆幸が髪の毛だと思っていた綺麗な白髪はカツラだったのだ。
「村元さん、私ですよ。同じバイトの坂本怜美です」
「……はっ!? えっ!?」
隆幸はあまりの予想外の出来事にその場に立ち尽くし声を出すことも出来なかった。老婆の顔は昨日からまったく変わらないのに、声と髪型は坂本怜美そのままだった。
「化粧は友達に特殊メイクしてもらいました。お婆さんに見えましたか?」
怜美は老婆の顔のままではあるがバイト先では見せたことのない自然な笑顔を見せる。
「村元さんは勘違いしていますが、私は舞台女優の研修生とかではなくて、ただの小道具です。まだまだ未熟ですけどね。だからお婆さんの演技なんて上手くできません」
「小道具……? えっ、これって作り物?」
「はい、イカリングは血圧測定器を改造したもので、多少の遠隔操作できるようにもしました。小箱は、普通の側面、少し透けてる側面、さらに透けてる側面、そして完全に透けてる側面を張り合わせた箱だったんです。最初に見せた面は普通の側面で、次に見せた面は少し透けたものです。それを繰り返しただけです。夜道で暗いせいもあったしわざと回転させたりしてたので気付かなかったですよね? 2つとも私の作品なんですがどうでしたか?」
偽物だとわかり、先程までの不安と焦りが徐々に怒りへと変わっていった。
「おい、坂本。こんなことして、ただで済むと思うなよ」
「怖いですね。最近特に村元さんの言動が酷いので今回のドッキリを計画しました。後輩にレジ金補填させるとか最悪のパワハラですよね」
「てめぇの仕事が遅いから俺がミスってるんだろ!」
「私の仕事が遅いのは事実なので大変申し訳なく思います。が、それとパワハラの話しは別ではないでしょうか。ちなみに今の会話も録画させてもらってますので。このまま店長に言ってもいいし、なんなら警察でもいいですよ」
「くっ……マジかよ……なんなんだよ……」
「あっ、今後私に危害を加えないと約束してくれれば私はこれ以上脅す気とかないので! 安心して下さい」
隆幸は坂本怜美の遠隔操作でロックが外れたイカリングを地面に投げ捨て、何も言わずにその場から立ち去った。
結局それから一ヶ月後にはそのコンビニに隆幸の姿はなかった。坂本怜美は後日店長から、違うバイトを見つけたので、ということを言って彼は辞めて言ったと聞かされた。
坂本怜美は今でも一生懸命レジ打ちに勤しんでいる。
しかし相変わらずスピードは遅い。成長していないわけではなく、それは常に別なことを考えて仕事をしているからである。
(次はどんなものを作ろうかなぁ。……あっ、そうだ。思いついた)
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