31 堤防の歌姫 再び

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31 堤防の歌姫 再び

31 堤防の歌姫 再び(最終回)  学校祭が終わった。  生徒は、片付けをして午後3時には下校した。  教員は、午後4時に退勤となった。  ふらふらのわたしが、駐車場に行くと伸二君が待っていてくれた。 「緑ちゃん、お疲れ様」 「し、伸二君……待っててくれたの……」  伸二君の顔を見て、緊張の糸がぷっつりと切れ、思わず抱きついた。  別に悲しくも何ともないのに、涙が出て来た。 「み、緑ちゃん、ここじゃなんだから、ちょっとドライブしよう」 「うん、うん。わたし車は置いとく。校門の(かぎ)はないから大丈夫。1日中いつ来ても入れるし」 「え? 大丈夫じゃないじゃん。セキュリティに問題ありだね。まあいいや。じゃあ、僕の車に乗って」 「はい。で、伸二君ドライブは行く当てがあるの?」 「いや、別に……。緑ちゃんどこか行きたいとこある?」 「うん。夕焼けがとってもいい所。伸二君と一緒に見たいの」 「いいよ。じゃあそこに案内して」  わたしは、伸二君の助手席に乗り込み、海を指示(さししめ)した。  道すがら、イベントのことを話した。 「今日は、本当にありがとう。立派なステージだったって、校長がまた褒めてくれた。  それでね、イベント中は、クラス展にほとんど人がいなかったんですって。ほとんどのお客さんが体育館に来てくれたみたい。伸二君の作戦は大当たりね。  すごいよ。先生を辞めて何かを企画する仕事をしたら?」 「ははは。それもいいかな。でも僕は、誰かを応援して輝かせるのが好きなんだ。緑ちゃんとか楽師丸しろ子ちゃんとかさ。高校生は、みんな輝きの原石を持ってる。だから僕は、教員になったんだよ」 「確かに、今日のしろ子ちゃんとっても輝いてたよね」 「緑ちゃんもだよ。それからチープヒッピーズのみんなも輝いてた」 「そっか。ちょっとは学校がはじけたかなあ」  車はひたすら海に向かった。  海岸近くの空き地に車を止めてわたしたちは、さらに住宅地を歩いて海に向かった。  目の前に、大きな堤防が現れた。 「ここはね。わたしが、北之灘高校の新任教員歓迎会の後、大山先生と居酒屋(いざかや)で飲んでね。帰りに歌って見せたところなの」  そう、居酒屋『場有(バール)』から海側へ降りたところにある堤防に来ていた。 「なるほど、堤防の段がちょうどステージみたいだね」  伸二君が海に向かって堤防に座りながら言った。  わたしは、伸二君の横に座って寄り添った。 「でしょう。その時に『フレンズ』を歌ったの。あのときは、楽しく歌えたなあ。ちょっと酔っぱらってたからかもね。大山先生がわたしの変わりようにびっくりしてた」 「そうだよね。緑ちゃんははじけると、何かが(とりつ)いているようになるもんね」 「えへへへ。実際何かが憑りついているのかもよ」 「でも、歌っている時の緑ちゃんは魅力的だよ」 「そう……」  しばらく沈黙がつづいた。   「波の音が心地(ここち)いいね。正に祭りの後って感じ」  わたしは、(つぶや)いた。 「夕凪(ゆうなぎ)の海って、何かホッとするね」  伸二君が言った。  時間は午後4時半、だんだん薄暗(うすぐら)くなって来た。 「伸二君、高校の時わたしが、屋上で歌ってた曲覚えてる?」 「もちろんさ。『レベッカ』の『Maybe(メイビ―) Tomorrow(トゥモロー)』だったよね」 「うん。歌っていい?」 「いいね、歌って。いい雰囲気だよ」  わたしは、座ったままゆっくりと『Maybe Tomorrow』を歌いだした。  伸二君は、目をつぶって聞いている。  ゆっくり、ゆっくり歌った。  歌い終わったわたしは、伸二君の手を握って、何も言わず瞼を閉じた。  伸二君の腕がわたしの背中から肩に回った。    わたしは、力を抜いた。    伸二君に抱き寄せられる。  ゆっくりと唇が重なった。  黄昏の堤防に座って。  波の音の中。  伸二君と……。  甘いひと時の中、一瞬何かの気配(けはい)を感じた。  わたしは、パチッと片目を開けて堤防の先を見た。  ん? あれって、見覚(みおぼ)えのある(いと)しい4人の少女たち。  わたしは、そっと唇を離して言った。 「伸二君……見られてる……」 「え? ホント?」  伸二君がそう答えた時、わたしは立ち上がり、4人に向かってダッシュした。  4人は、ニコニコとしながら逃げ出した。   「先生を見てたんじゃないよ!」  クロマリが振り向いて言った。 「私たち海が見たかっただけです!」  ナギだ。 「私は、ただ(さそ)われただけだから!」  シーツ。顔は笑ってるぞ。 「奇遇(きぐう)ですよ、奇遇!」  アイクミ、それはホントか!  ヨット部の陸トレで体力をつけた4人は、走るのも早い。  どんどん距離を離される。  ある程度離れたところで4人は、立ち止まりこちらに振り返った。  そして、声をそろえて 「緑先生ーー! お幸せにーーーー!」  わたしも立ち止まって、拳を握って思いっきり声を上げた! 「チープヒッピーズ!」   終わり チ―プヒッピーズ 第3部『Cheap Hippies』(3部作)完結
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