二話

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「巫女が飲むのは、水じゃないのか」  朝食の見学を終えて、シェドの第一声がそれだった。  他の神官と違い色がついた液体だったので、目を引かれたのだろう。 「あれは神の血と恵み。庭園で摘んだものを、成熟させたものよ」 「酒か」  アザレアは濁すのも面倒になってきたので、そうとも言うわねと笑顔は崩さないまま答える。  この他国からの護衛人は、大変厄介だ。  こちらの教義を、彼としての常識──あけすけな言葉に変換してしまう。二人きりなら兎も角、別の神官の耳に入れば、宗教審判になりかねない。 「言葉には気を付けてね。貴方が罰せられたら、私はとても悲しいもの」 「お前とイーストにしか言わない」  シェドの発言を今までやんわり咎めるだけだったからか、彼も甘えて本音で話しやすいのだろう。アザレアは努めてそう好意的に考える事にした。 「おはようございます。アザレア様の新しい護衛の方ですね?」  巫女見習いの少女が、果敢にも二人へ話しかける。ああと簡素な返事だけを述べたシェドに代わり、アザレアが説明した。 「トラン地方から来られた方なの。まだ不慣れだから、色々と神殿の事をお教えしている所よ」 「そうなんですね。モラクス様も格好良かったですけれど、新しい方も……ええと、お強そうな方ですね!」 「ええ、私もとても頼りにしているわ」  微妙に論点のずれた褒め方をスルーして、アザレアは同意した。  シェドは顔こそ整ってはいるのだが、目つきの悪さや不愛想さが足を引っ張っている。更に修道服越しでも分かるしっかりとした体つきや大柄な体躯は、威圧感を与えていた。  とはいえ剣など持ったことがない貴族が護衛につくこともあるので、確かに頼もしさはあった。  女性二人の会話を黙って聞いていたシェドは、見習いがお辞儀をして通路の角を曲がっていった所でようやく口を開いた。 「女は皆、清めの儀礼をするのか」  あんな子供もか、とでも言いたげな様子だ。少女の身の心配をしているらしい彼へ、緩く首を振る。 「巫女となるのは、もう数年後ね。それまでは、他の神官と同じような仕事を行っているのよ。儀礼を行うのは、通常は正式に巫女となってからだけれど」 「何をするか知ってはいるのか」  勿論、とアザレアは頷く。見習いとして見出された時から、少女たちの行く末はほぼ決まっている。  すれ違う別の巫女見習いを、シェドは眉を顰めて目で追った。やはり風習の違いに思うところがあるらしい。 「随分気にかけているのね。もしかして、ああいう子が好み?」 「別に」 「あら、じゃあどんな女の子がお好きなのかしら」 「……正直な女、か?」  何故そこで疑問を付け加えるのか。いまいち信用にかける言い方である。勝負のためにあえて誤魔化しているのか、単に自分でも好みがよく分かっていないのか。  アザレアは何となく後者の気がした。  どうもこの男は、色々と鈍いようなので。 「私は、貴方みたいな頼りになる方、好きよ」 「そうか」  渾身の笑みと好意は、またも雑な返答で捨てられた。心の中で、何十回目かも忘れた溜息を吐く。  この男を、自分の虜にしてみせる。  そう息巻いてからアザレアは何度もアプローチをかけたが、全くもって効果がなかった。  どんな甘い言葉や笑顔を贈ろうと、無反応。他の信者や神官には効くものが、この朴念仁には通用しなかった。  そもそも近寄りすぎると武器を構えてくるのがいけない。触れさえすれば強引にでも身体をその気にさせられるというのに、とアザレアは笑顔のままで剣に恨みの視線を送る。もっとも、武器がなくとも力ずくで拒んでくるのだろうが。  それでも、まだ手はある。  触れられずとも、男をその気にさせられる手段が。
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