二話

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 空を夜の帳が包んでから、アザレアはシェドを自室に招いた。前回の件で警戒しているらしく、視線は鋭くこちらをねめつけている。 「あら、今日はなにもしないわ」  今のところはね、と心の中で付け加えて、あの日のように衣服に手をかける。しなやかな肢体が、少しずつランプの光に暴かれていく。前回よりも焦らすように脱いだ服を、シェドは呆れたように見つめて言った。 「露出狂か」  こめかみがひきつりそうになるのを、アザレアは笑顔で誤魔化した。渾身の肉感的な脱衣にまで無反応とは、腹が立ってくる。アザレアは苛立ちを紛らわせるように鏡台の上の小瓶を幾つか掴み、数口煽った。  数種類のガラス製の小瓶を見て、シェドが訊ねる。 「酒か」 「いいえ、これは穢れが実を結ばぬための秘薬……、要は避妊薬よ」  本当は他の効能もあるが、警戒が更に跳ね上がりそうなので黙っておいた。それでも彼の表情が険しくなるには十分で、部屋を出ようとする背中へ制止の声をかける。 「今日は貴方にはしないわ。言ったでしょう。穢れを預かり、祓うのが巫女の務めだと。務めを果たすだけよ」 「これから男に抱かれに行くのか」 「ええ、穢れを移してもらうために」  シェドの視線が揺れた、ように見えた。その紫色の瞳に映るのは異文化への嫌悪か、姦淫を儀礼と呼ぶ女への呆れや憐れみか、或いはどうでもいいのか。  例え今が昼間だとしても、彼の感情はアザレアには読み取り辛い。色情の混じったものならよくぶつけられてきたけれど、そうでないものばかり寄こしてくる男は、とても限られるから。 「黙ってついてきて。何か疑問に思っても、口に出してはダメ。分かった?」 「……分かった」  子供に言い聞かせるように何度も念押しすると、渋々とばかりに頷かれた。釘を刺さなければ、この男はきっと儀礼の場で空気をぶち壊す発言をするに違いない。  仕上げとばかりに、香水を身体に振りかける。薄桃色の小瓶は、今夜の信者が好む香りのものだと覚えていた。  護衛を連れ、古めかしい燭台を片手に巫女は人気のない暗い廊下を進む。黒塗りの扉の前で待っているうちに、今夜の信者が現れた。
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