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「お待ちしておりました」
暗闇に囁きをそっと混ぜると、男は頬を赤らめさせて頷いた。身なりの良さそうな格好といい、貴族である事は明白であった。
戸に手をかけると、その先は下へ降りる階段が待ち構えていた。
巫女の持つ燭台のみが光源であったため、信者と護衛は目を細めて注意深く階段を下りていく。
暗い廊下の先には、部屋がひとつ設けられていた。扉前に、目印の如く蝋燭がかけられている。古びた木製の扉の前で立ち止まるとようやくアザレアは振り返り、笑みを浮かべた。
「さあ、お入りになって?」
男がこくりと頷き、先に部屋へと入る。入口近くの蝋燭立てに唯一の光源を置いて扉を閉めようとすると、ぬっと伸びた手が遮った。
「貴方は、扉の傍で待っていて」
アザレアが告げるも、シェドは戸にかけた手に力を籠める。信者の男が怯むのにも気にせず、その身体を部屋に滑り込ませた。
「俺は護衛だ」
単純明快な台詞に、アザレアは色々と説明するのが面倒になった。ここで時間を長々と使うのも勿体ないし、この方が当初の目的は果たしやすそうだと頭を切りかえる。
「そこの壁の前に立って。絶対に儀礼の邪魔をしないでね」
そう命じると、彼は無言で頷いた。ようやく本命の信者へと向き直り、彼の事はお気になさらず、と弁明した。
「問題はありません。儀礼は全ての邪念を拭い去るのですから」
「あ、ああ……そうですな」
アザレアはゆっくりと部屋の中央に向かう。そこには人が寝ころぶには十分な大きさの大理石が置かれていた。直方体のそれの表面を覆うように、シーツが幾重にも敷かれている。
男の手を取り、アザレアは大理石の上へと誘導した。焦らすように、上着に着いた金縁のボタンに爪を当て、軽く弾く。
「巫女様……」
躊躇うような男の声はしかし、はち切れそうな欲を我慢してのものだというのが、簡単に察せられた。確かこの方はゆっくり誘われるのが好きだったと、アザレアは思い出すように一つ一つボタンに手をかける。
男のシャツの端に細い指を忍び込ませ、膨れた腹をなぞると、感じ入るようなため息が漏れた。
予想通りの反応にふっと微笑んで、アザレアは男にしなだれかかった。柔らかな胸を汗の浮いた肌に絹ごしに擦りつけ、聖句を紡ぐように耳元で囁く。
「巫女の心は神の御許に、巫女の身体は穢れの器に。さあ、この身に触れ、穢れを注いでください……」
そうして、今宵の清めの儀礼も始まった。
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