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三話
神官を含む全ての民には、暦の上で休息日が存在する。時間が空いた昼に、アザレアはシェドを連れて神殿の中を巡っていた。アザレア自身が足を運ばないと、熱心な護衛役は一人で神殿を探索しようともしないからだ。
休憩室に置かれた本を眺め、シェドは幾つか読んだことがあると明かした。貴族なだけあって、読書を嗜む位の教養もあるのだろう。
「意外ね。脳みそまで筋肉でできているのかと思っていたわ」
「身体を動かす方が好きではあるな」
気を害した風でもなく、シェドは真顔で答える。二人きりの時は、こうして辛口も交えたやりとりをするのが定番になっていた。
「お勧めの本はあるかしら」
尋ねられ、シェドは一冊の本を指さす。それは未開の地を旅する男の旅行記で、行動力に溢れる著者が珍道中を繰り広げる、読みやすい作品だったとアザレアは記憶している。
「兄の本だ」
アザレアが驚いて著者を確認してみると、確かに家名がコンティと記されていた。シェドと同じものだ。
「貴方のお兄様って、作家なのね」
「冒険家でもある。……自慢の兄だ」
褒めながらも、シェドはどこか浮かない表情のようにも見えた。それとなく尋ねても別にと返答されるだけだったので、アザレアは諦めて別の場所へ案内する。数歩も歩かないうちに、ローブを着た老人に話しかけられた。
「巫女長、新しい護衛はどうだね」
「ええ、祭司様。とても頼もしいお方ですわ」
巫女見習いに、別の巫女、神官に信者。先程からアザレアはよく話しかけられていた。
すれ違う神官たち全員に綺麗な笑みと言葉で対応する巫女長を、シェドは呆れたような眼差しで眺める。
「罵倒はしないのか」
「まあ、同じ神を敬愛する同士を言葉で汚すなんて冒涜的な行為、とてもできませんわ」
流石に人前なので、アザレアは辛口を控えて優雅に返答する。胡散臭いと思っていそうな仏頂面を浮かべ、シェドは口をつぐんだ。
通路を進んだ先の視界が、ふと開ける。神殿の中央は小さな広場になっていて、隅には花も植えられている。天井は丸く穴をあけるように切り取られていて、明るい陽射しが庭に下り立つ二人を照らしていた。
「公園か」
「いいえ、主に祭事用の広場として使われるの」
中央の砂を靴でなぞり、アザレアは簡単に説明する。椅子も置かれていないこの場所を休憩用として使う者は殆どおらず、陽光の下でありながら人気のないここはどこか薄ら寒い。
「他にも部屋の種類はあるけれど、貴方、そろそろ神殿の紹介に飽きてきているんじゃない?」
「ああ」
よく分かったなと言わんばかりに頷かれる。広場の日差しを浴びた顔が、昼寝寸前の猫の如く眠そうだったからだ。
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